読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

『万代和歌集』(1248. 明治書院和歌文学大系 13、14)

藤原光俊撰の私撰集。

万葉時代から当代(定家撰『新勅撰和歌集』1235)に至る勅撰集に収められていない歌3826首を集めたという詞華集。

1251年成立の後嵯峨院下命、藤原為家撰の第10勅撰集『続後撰和歌集』全1371首に対抗したと言われる。

『続後撰和歌集』は未読のため比較することはできないが、それの約三倍のボリュームで、後世の勅撰集の古歌の参照文献としての地位を確立したこと、鎌倉中期における最先端のアンソロジーであったことの驚きと耀きは、800年に達しようとする時間の隔たりにもかかわらず、根本において衰えてはいない。

4000首に迫る全方位鑑賞の凄味は、撰歌の配置によって。単独で、あるいは読み慣れた家集では味わえない、時代を超えた他者との配合により際立つ風味、そのままで趣きを一転させる薬味のような香ばしさを、配合の妙によって際立たせているところにある。

収録歌では、和泉式部が121首と、つづく定家、家隆、後鳥羽院の67首に圧倒していて、それにもかかわらず和泉式部の情念優位の詞華集になっていないところが特徴といえるかもしれない。個人的には、『新古今和歌集』の好意的な拾遺集、補完的で潜在的であった変革の意志を和歌の歴史に刻印しようとした人々の営為と映る。

躬恒
何もせで花を見つゝぞ暮らしつる今日をし春の限りと思へば

たまたまの出会いに身をゆだねて、来るべものを心して待つ。

 

www.meijishoin.co.jp

www.meijishoin.co.jp

【付箋歌】
『万代和歌集』上、明治書院和歌文学大系 13
64, 72, 97, 147, 172, 173, 180, 183, 212, 225, 246, 255, 257, 307, 315, 330, 357,380, 390, 488, 711, 718, 739, 844, 930, 945, 979, s1012, s1024, 1043, 1130, 1136, 1150, 1378, 1393, 1522, 1700, 1703, 1706, 1716, 1720, 1741
『万代和歌集』下、明治書院和歌文学大系 14
2344, 2353, 2505, 2559, 2576, 2584, 2699 2729, 2793, 2852, 2875, 2896, 2897, 2907, 2928, 2937, 2944, 2962, 2979, 3023, 3025, 3058, 3081, 3171, 3188, 3230, 3245, 3462, 3464, 3481, 3583, 3589, 3590, 3607, 3636, 3645, 3690,  3695, 3703, 3704, 3705, 3706, 3710, 3721, 380, 3810

 

俵万智の歌集二冊 『プーさんの鼻』(2005)『未来のサイズ』(2020)

シングルマザーとして出産・育児をする中で詠まれた現代日本の短歌。

俵万智の第四歌集と第六歌集。

同世代の歌人のなかで途切れることなく歌集を出しつづけ、商業的にも失敗していないところはやはりすごい。

根本にある奔放さと冷徹さがすこし浮世離れしていながら、いいバランスで薫ってくるところが良いのだろう。

出産前後を詠った『プーさんの鼻』と小学生から高校生へと成長していく時期の『未来のサイズ』では、子供を詠う頻度と距離感において『プーさんの鼻』が圧倒的に濃く、秀歌も多いような気がした。

『未来のサイズ』は、子供が成長し、自分とは違う人生を歩みはじめていることへの感慨とともに配慮もあって、詰めない距離感が感じ取れるところに好感が持てた。

親離れ子離れの時期に60代を迎えて、さてこれからの歌がどういうふうに変わっていくのか、少し期待もさせる歌集二冊であった。

『プーさんの鼻』
耳はもう聞こえていると言われればドレミの歌をうたってやりぬ
ろうそくの炎初めて見せやれば「ほう」と原始の声をあげたあり
うたおうよぴっとんへべへべ春の道るってんしゃんらか土踏みしめて
『未来のサイズ』
動詞から名詞になれば嘘くさし癒しとか気づきとか学びとか

www.kawade.co.jp

www.kadokawa.co.jp

俵万智
1962 - 

 

岩佐美代子『永福門院 飛翔する南北朝女性歌人』(笠間書院 1976, 2000)

永福門院の全作品387首と玉葉・風雅収録全作品の評釈と伝記からなる一冊。永福門院の全貌に触れることができる。歌ばかりでなく、伏見院亡き後の北朝持明院統の精神的支柱でもあった永福門院を伝記で知ることで、南北朝時代にも関心を持たせてくれる。歴史的な出来事に、京極派主導の『玉葉和歌集』『風雅和歌集』と二条派主導の勅撰集での文化的な相剋も重ね合わせてみることができそうだ。

かりそめに心の宿となれる身をあるものがほになに思ふらむ
かくしてぞ昨日も暮れし山のはの入日の後に鐘の声々
わすられぬ昔がたりもおしこめてつひにさてやのそれぞかなしき

どちらかといえばままならぬことの多い生涯にあって、修辞に囚われることなく心の動きを正確に詠いあげることを旨とした京極派の歌風を、もっともよく、もっとも嫋やかで美しく体現した、稀有な歌人であった。静かにそしてしっかりとものを思いものを見つめた時間の貴さを感じさせてくれる歌の数々は、読み返すごとに味わいが深まっていくようである。

花の上にしばし映ろふ夕づく日入るともなしに影消えにけり

shop.kasamashoin.jp

目次:

第一部 生涯
 Ⅰ 娘の時代
 Ⅱ 妻の時代
 Ⅲ 母の時代
 Ⅳ 最晩年
 Ⅴ 崩御ののち
第二部 玉葉・風雅作品評釈
第三部 永福門院全作品
附 系図年譜

永福門院
1271 - 1342
岩佐美代子
1926 - 2020

    

竹西寛子の「永福門院」(筑摩書房 日本詩人選14『式子内親王・永福門院』1972, 講談社文芸文庫 2018)

はじめから大学勤務の国文学者という肩書しかない人物よりも、原稿料で生きてきた上で大学講師ともなったという肩書の作家の書いた歌人評のほうが、書き手の視点や思い入れが色濃く出ていて、独自研究と愛憎の年輪の深さを背景に、読ませる文章を提供してくれることのほうが多い。前提知識なしの一般読者層に向けて、まずは対象となる歌人の作品自体に関心を持ってもらうことがいちばん重要なので、古典作品としての歴史的な位置などよりも、現時点で如何に生きる歌であるか、あるいは、文学史上有名な作品と比べてみても如何に見劣りせず心に響く歌であるのか、ということを紹介する技術と熱量が、文章の生命線となってくるための帰結だろう。
竹西寛子の「永福門院」では、永福門院の歌に込められた憂愁の深さと、その憂いのなかから導き出される稀有な情景を描き出すことが主眼に置かれている。古今集から新古今和歌集を経て玉葉和歌集の時代となった日本の歌の、憂いと雅びの取り合わせの変遷から説きおこし、一挙に永福門院の歌の世界に引き込む冒頭部分の文章構成力から、竹西寛子と永福門院の組み合わせが必然的なものであったという感覚を読者に呼び起こさせ、どんどん永福門院の歌の世界に連れていってもらえる。そのなかでは、京極派の歌風などという文学史的案内はされず、時代の空気感と歌人の個性という、より感性に訴える切り口からの読み解きが展開されている。

紀貫之
夕月夜をぐらの山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらん
藤原定家
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮
永福門院:
ものごとに愁へにもるる色もなしすべてうき世を秋の夕暮れ

古今集紀貫之新古今和歌集の定家、玉葉和歌集の永福門院の三首を比較して、優雅な秋の佇まいに心を預けることのできる安心と信頼の心持が、次第に憂愁の色に染まり、世界を覆いつくすようになる様を感覚的に描き、その直後には、和泉式部式子内親王、永福門院の歌を並べることで、時代を下るなかでの世に対する憂いと諦念の深まりを流れるように指摘するという、ハッとするような薫り高い文章が収められている。この間わずか三ページ。時代を越えて残る文章の一典型を見せてもらっているようで、読み返すとどんどん胸騒ぎのようなものが起こってくる。ちなみにこのエッセイでは、武家社会の深まりや室町期に向かうまでの武家社会内での貴族化や文化の中心圏の移動などという史的内容にはほぼ触れられず、さまざまな歌の解釈からのみ永福門院の歌の特色に迫っていて、そこからより鮮やかな永福門院像が打ち出されていることが特徴的である。
実際に永福門院の読んでみると、歌い手の慎み深さに覆われているためもあってか、内面の暗さを直に詠っているであろう作品にはそれほど出会うことはない、というのが個人的な感想ではあるが、基本情緒としての憂いや思い煩いが絵の下地のように働いていることは感得できる。表には直接出てこない下処理から生まれた情緒の基本的な色合いが、歌の主題を描く言葉の合間から漏れ出てくるような傾向の指摘を、一種の「陰翳礼讃」というかたちで提示していることの大胆さには喝采を贈りたい。暗闇に浮き出る明かりの妖艶な美しさの移ろいに、竹西寛子が感応している様子を見ることが、本書の第一関門であるように思う。
先に永福門院を語るにふさわし一首として挙げられた「ものごとに」の一首、暗闇を自明として受け入れつつ詠う潔さの冴えが称えられ、以後あらわることのなかった個性をクローズアップして終わる竹西寛子の女性歌人論のキレは凄まじいものがある。近代化以後の短歌の再興にも接続できそうな結論部の選歌の確かさは、歌心の揺れの大きさとともに印象に強く残る。

うきも契りつらきも契りよしさらば皆あはれにや思ひなさまし
大方の世は安げなし人は憂しわが身いづくにしばし置かまし

bookclub.kodansha.co.jp

【付箋箇所(講談社文芸文庫版)】
157, 161, 163, 185, 186, 187, 195, 196, 197

永福門院
1271 - 1342
竹西寛子
1929 -
    
参考:

uho360.hatenablog.com

コレクション日本歌人選012 阿尾あすか『伏見院』(笠間書院 2011)

新古今和歌集』以後の停滞していた歌の世界に新風を起こした京極派の代表的歌人で、『玉葉和歌集』の下命者でもある伏見院。後鳥羽院とはまた違ったタイプの天才的歌人であったようだ。

撰者の一人で代表的歌人であった定家と反りが合わなかった後鳥羽院にくらべて、伏見院は撰者京極為兼との関係性もよく、京極派の歌風の完成がだいぶ年齢を重ねた後ということもあって、収録歌を読むと歌を楽しむおおらかさのようなものが伝わってくる。後鳥羽院にも共通する帝王振りといわれる帝ならではの鷹揚さは、字余りで逆に効果を上げている歌の多さからも感じ取れる。また、新傾向の言葉を歌に採り入れるその採り入れ方も、おそれも力みもない直截的なもので、700百年も前の作品とは思えぬみずみずしさがある。

照りくらし土さへ裂くる夏の日の梢ゆるがぬ水無月の空
あけがたの霜の夜がらす声さえて木末のおくに月落ちにけり
小夜ふけて宿もる犬の声高し村しづかなる月の遠方

干上がって裂けた土、夜に鳴くカラスの声、夜吠える飼い犬の声、現代短歌作品と言われても通用しそうな詠いぶりであると思う。

shop.kasamashoin.jp

【付箋箇所】
12, 19, 24, 28, 38, 48, 54, 66, 84, 88, 92, 94

伏見院
1265 - 1318
阿尾あすか
1978 -

 

藤原公任『和漢朗詠集』(成立 1031, 大曽根章介、堀内秀晃 校注 新潮日本古典集成 1983 )

和歌216首、漢詩588詩からなる藤原公任による秀歌秀句アンソロジー。『三十六人撰』の選出とともに後世に大きな影響を与えた選集。実際に読んでみると、おおらかで伝統的な詠いぶりを選んだ、王道を外れない、当時の保守的な詩歌の頂点を選りすぐった、必須の参考文献というところに落ち着く古典。
公任撰の『三十六人撰』の選歌を読み通しても感じることは、時代風潮を越えた斬新な歌風はそれほど重要視せず、万人に受け入れられるであろう秀歌を重視している姿勢。物足りないというよりも、その当時における最先端の保守的姿勢に、ブレることなく一貫して徹している様子がうかがわれて、安心して読める。

古今和歌集における撰歌とは異なる批評精神の現れとして押さえておくべき一冊で、特に漢詩への参照についてはよく見るべきものとしてある。忘れてはいけない古典作品。

全803句。繰り返し読みすすめるうちに、参照作品としての分量としては、全く苦にならない分量であることに気づくと、すこし驚く。

いずれにせよ、複数回読んで自分なりの解釈を持たないと、各方面から指摘が止まないであろう、自分なりの選歌にならざるを得ない読書を強いる選集であると思う。

とりあえず、今、気にかかる詩歌に印をつけることで、今後につながりそうな痕跡を残しておく。

www.shinchosha.co.jp

【付箋歌】
126, 144, 175, 233, 291, 328, 329, 331, 353, 360, 442, 482, 5117, 542, 563, 586, 588, 615, 730, 759, 790, 791, 793


藤原公任
966 - 1041

 

コレクション日本歌人選030 小林守『永福門院』(笠間書院 2011)

京極派を代表する歌人永福門院は伏見院の中宮で、政治的には南北朝時代大覚寺統と対立した持明院統を支えた中心的人物。京極派の平明で心に染み入るような歌風を代表する歌人で『玉葉和歌集集』に49首、『風雅集』に69首採られている。激動の時代のただなかにいて、対象を深く捉え見入るような姿勢の、芯のある優美さに、目を惹きつけられるような歌が並ぶ。本書は永福門院の歌に使われている言葉の特徴と新しさを、歌が詠われた状況とともに、クローズアップするように解説してくれているので、淡い感覚で読み過ごしてしまうことを防いでくれてもいる。永福門院入門に適した一冊。

ま萩ちる庭の秋風身にしみて夕日の影ぞ壁に消えゆく
山松の梢の空のしらむままに壁に消えゆく閨の月影

日の光、月の光を「壁に消えゆく」という独自な表現で捉える永福門院の、繊細かつ奥行きの深い感受性を、本文では的確に気づかせてくれるよう導いてくれている。サラッとした解説なのだが、情報量が多く役に立つ。

永福門院 | 笠間書院書籍検索

【付箋箇所】
3, 16, 18, 52, 54, 68, 70, 76, 110

永福門院
1271 - 1342
小林守
1943 -