読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2020-03-01から1ヶ月間の記事一覧

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「象徴作用」(1927)その1

探求者たちの知的な言葉は通念に対する冷却剤として機能することがままある。普段使いされない言葉をもって通常意識されることのない思考の枠組みにゆさぶりをかける。哲学的な思考実験といわれるものの価値は、その異物性によるところが大きい。 岩石とは、…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「斉一性と偶然性」(1923)

イギリス経験論、ヒュームの系譜。習慣によって組み上げられ形作られる人間の様態について。 ヒュームは、ふつうはこうであるということに言及され、通常性(normality)の基準を提供したのであり、だから彼によれば、われわれの心に普通のことがくり返し与…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その5

「山姥」はすこし独特。一般的には、日常が崩れた後に浄化・沈静化されてまた日常に戻されるドラマ仕立てだが、山姥は神や精霊とは違って人間と地続きの世界に生きていながら別の日常、別の世界に住んでいる。人間からの移行、人間への移行もなさそうな不思…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「過去の研究」(1933)

労働力商品を売る生活のなかでの自由について。 大都市ならいづこにおいても、ほとんどすべてのひとが被雇用者であり、他人によって厳密に定められた通りのやり方で、その就業時間に従っている。また、それらのひとびとの態度物腰でさえ、一定の型にはめられ…

イランの女性詩人 フォルーグ・ファッロフザード(1935-67)

シルヴィア・プラスの名が思い浮かんだ。桎梏に抗ういのちの言葉を生み出す詩人。イランにこんな女性詩人がいたとは・・・。イラン・イスラム革命後も読まれていることが訳者の解説文からわかるので、忘れ去られることも軽視されてもいない、ということにな…

石川聡彦『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(2018)

自然言語処理系のAIは、まだバカっぽさが残っているところが愛らしく感じられて好きだ。はてなブログの関連記事の抽出機能はこの自然言語系のAIが担っているものと想定されるのだが、書き手の予想を外れる関連記事を持ってくることが多々あって、それはそれ…

サミュエル・ベケットの短編「追い出された男」と松尾芭蕉の馬の句(全二十二句)

家を追い出された男が通りで出会った馬車の御者の自宅に招かれるものの居心地が悪くなって抜け出すというベケットの話なのだが、読んでいるうちに、ハードもソフトもいろいろと不具合のある芭蕉AI搭載ロボットが、廃棄も修理もされずに路上投棄された後、さ…

佐藤敏明『文系編集者がわかるまで書き直した世界一美しい数式「eiπ =-1」を証明する』(2019)

中卒レベルの数学力の読者層に向けてオイラーの公式、オイラーの等式を理解してもらおうと書かれた一冊。章末の練習問題を端折ってしまっても、本文さえ読み通せば、なんとなく分かった気にさせてくれる。対数や指数の意義についても、計算を簡便に高速にす…

野口米次郎「空しい歌の石」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

空しい歌の石 雨が降ると私の夢はのぼる………六月の雲のやうに、歌が、私の耳もとに湧きたつ、風より軽い足拍子が、或は高く、或は低く、波うち、私の眼は夢で燃える。『私は何者だ?』『奈落の底の幽霊だ、夜暗の上に空しい歌の石を積みあげ、焔のやうに踊り…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「予見について」(1931)

文明論的な内容の90年前のハーバード大学での講演。凝集力が高く、即効性も持続性も兼ね備えている知的世界の巨人の言葉。ベンヤミンが好きだったパウル・クレーの未来に向かって後ろ向きに吹き飛ばされる天使の絵を思い出しながら、写経するように引用メモ。…

野口米次郎「雀」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

雀 一幽霊、沈黙と影のなかから再び踊り出たもの、前世の色彩と追憶をあさる猟人、彼は同じ夢と人情を、ここに再び見出すことが出来るだらうか。彼は生きる力の把持者、彼は各瞬間に献身せるもの、彼の一瞬間は人間の十年にも比較されるであらう………各瞬間は…

吉田武『虚数の情緒 中学生からの全方位独学法』(2000)

名著。虚数を通して量子力学の世界にも手引きしてくれていて、お得。先日科学哲学の入門書で何の説明もなしに出てきて困った「虚時間」や「ファインマンの経路積分法」についても紹介があり、さらに興味付けもしてくれて大変ありがたい。千頁の大冊だが19年…

ジル・ドゥルーズ『スピノザ 実践の哲学』(原書1981,訳書1994)に学ぶ「心身並行論」

ドゥルーズはスピノザの心身並行論に関して、身体の導入による意識の評価切り下げという視点を提示し、意識にならない無意識的な領域の存在を浮上させる。 この心身並行論の実践的な意義は、意識によって情念〔心の受動〕を制しようとする<道徳的倫理観(モ…

スピノザ『神・人間及び人間の幸福に関する短論文』で境界のない世界像に触れる

スピノザ二十七、八歳、後の『エチカ』に直結する論文。スピノザにとって神以外に存在はない。この「神即自然」の認識は例えば次の如く語られる。 神は内在的原因であって超越的原因でない。なぜなら神は一切を自己自身のうちに生じ自己の外に生じないからで…

アラン『スピノザに倣いて』(原書1901, 1949 訳書1994)

アラン35歳の時の処女作。後年の縦横無尽なエッセイを予感させるものの、まだ生硬さがのこるはじまりの書。スピノザの心身合一説を敷衍した箇所はアランの本質を成すしなやかさがすでに垣間見えている。 われわれがもっている外的物体の観念は、外的物体の…

森田邦久『理系人に役立つ科学哲学』(2010)

実用的な科学哲学入門書。理系研究者が実際の研究をするにあたって知っておくべき科学哲学がコンパクトにまとまっている。文系の人間にも読めないわけではないが、各トピックに顔を出す科学理論については知らないことが多い。虚時間って何? 未知の世界の端…

中西進編『大伴家持 人と作品』(1985 桜楓社)

大伴家持没後1200年の記念出版本。研究者七名による紹介と、年譜、口訳付大伴家持全歌集からなる。本書を通して読んでみると、大伴家持はどちらかというと長歌の人なのではないかと思わされた。それから官僚としてしっかりと務めを果たした人でもあったのだ…

山本健吉『大伴家持』(1971)

安心の山本健吉。幅広い知識をベースに一流の鑑賞を披露してくれている。 【歌語に対する考察】 万葉の挽歌では、「死ぬ」という言葉を絶対に使わない。信仰的には、死は死ではなく、甦りだという考え方があった。「天知らす」「雲隠る」「過ぐ」「罷る」「…

野口米次郎「蓮花崇拝」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

蓮花崇拝 礼拝者は、谷からも山からも忍び寄る、この心は着物と共に、白い。彼等は今聖き池のまはりに坐る、池はこれ蓮花の聖殿………暗明の水を貫く無音の蕾は、恰も合掌の女僧のやうだ。恰も合唱の女僧のやうに、礼拝者は合掌する祈願する、沈黙の祈禱は言葉…

会津八一『自註鹿鳴集』

教養と詩才は単純な相関関係にはない。美術史家、書家として著名であることが歌人としての評価を多分に高めているのではないかというような下衆の勘繰りをめぐらせても詮無いことだが、和歌短歌の業界人ではない読者にとっては、「会津八一の歌」と言われて…

野口米次郎「狂想」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

狂想 麦稈(むぎわら)一把と、女の髪と、土塊(つちくれ)で、私の家は作られる………さうだ。世界はいらない、………ほしいものは真実の詩一つだ。左の窓から、蜘蛛は飛びこみ、目には見えない一群の、高慢稚気な踊り子が、右の窓から踊りこむ、まるで潮だ。いや…

伊藤恵理『みんなでつくるAI時代 これからの教養としての「STEAM」』(2018)

STEAMは科学、技術、工学、芸術、数学の頭文字。AI時代、データサイエンティストの時代と言われてから大学以降の数学の価値が急速に高まってきている。そこを選択し勉強してきた人、競争は激しくなったと思うけど、受け皿が拡大して良かったね。『容疑者Xの…

萬葉集巻十四 3399 東歌

信濃路は今の墾道刈株に足踏ましむな履著け我が夫 しなぬぢは いまのはりみち かりばねに あしふましむな くつはけわがせ 切り拓いたばかりの危ない道だから、ちゃんと靴をはきなさいね。 ありがたい心づかいのある一首。 いろいろ荒れた世ではありますが、…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド『観念の冒険』(1933 Adventures of Ideas, 中央公論社 世界の名著58収録の抄訳)

全体の三分の一程度の抄訳なので、ホワイトヘッドの科学哲学者としての側面の入門として気軽に読んでみる。ちょっと齧った感じでは、なんとなくヒュームの影響が強そうだ。イギリス経験論の系統にもつらなるのかも。 農業は、近代的文明への決定的な第一歩を…

永井荷風訳 仏蘭西近代抒情詩選『珊瑚集』(1950 中公版、1991 岩波文庫)でボードレールの『悪の華』72 Le Mort joyeux を読む

『濹東綺譚』などの変った老人とは違った永井荷風。はじめからひねた老人ではなく、変った青年であり、中年でもあった。洋モノ好きでもあった一面を、生涯手を入れていた訳詩集『珊瑚集』で味わう。本日引用するのは巻頭詩のボードレールの「死のよろこび」…

萬葉集巻二十 4467 大伴家持

剣大刀(つるぎたち) いよよ磨(と)ぐべし いにしへゆ さやけく負ひて 来(き)にしその名ぞ 力を失っていく名門大伴の一族を背負う立場に立つほかなかった家持。基本感情は憂いであった。

藤原一二『大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯』(2017)

淡白、というか、のっぺりしている。大伴家持の歌に分け入っていこうという意図はさほどなく、歌が生まれた背景、史実を拾い上げている。家持ゆかりの土地の郷土史家が読者としてはベストだろう。また、家持の歌になじんだ後に、背景を正しく知りたいような…

【謡曲を読む】新潮日本古典集成 伊藤正義校注『謡曲集 下』その4

能が盛んだったのは、刀をもって戦うのが男の仕事だった時代。ぶつかれば傷つき血の出る仕事。今はたとえ体を動かしてもメンタルが傷つくのが男に限らずみんなの仕事。どちらの時代にも、歩くときの杖となってくれるのは、情けある言葉。すこし変った浄土(…

ジョン・アガード『わたしの名前は「本」』(原書2014 訳書2017)

ガイアナの劇作家、詩人の本。本の歴史を擬人化された語り手=本が語る小品。いきなり老子が引用されていたりして、ちょっとワクワクする。 人生は粘土の塊だ。ほかの人に形作らせてはいけない。(老子 B.C.604-B.C.531 「粘土板で伝えよう」p17) 何処から…

野口米次郎「芸術」( The Pilgrimage 1909『巡礼』 より )

芸術 そもそも芸術は、蜘蛛の巣のやうに、香の空中にかかる、柔かで生き生きと、音楽にゆれる。(人生に浸潤する芸術は悲しい。)その音楽は瞬間の緊張に死ぬる、生きる、暗示がその生命だ。芸術に美と夢の探求はない、(なぜといふに、)芸術は美と夢そのも…