読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2020-05-01から1ヶ月間の記事一覧

鬼束ちひろ「Tiger in my Love」(『Sugar High』2002収録)

いまは少し落ち着いたが、本日六時間ばかりエンドレスで聴きながらずっとウルウル涙目状態が持続していた。 日本の歌姫は、基本的にベタニアのマルタのポジションにいるのではないかという想いが強い。日本には絶対的な聖性をまとった神の子イエスはいないの…

ジョン・フォン・ノイマン『計算機と脳』(原書1958, 2000 ちくま学芸文庫 2011)

ノイマンの遺稿。現代コンピュータの生みの親が最後に綴った言葉は六十年の時を経てもなお輝きを失わない。第三次人工知能ブームの世の中で一般向けに出版されている解説文に書かれている基本的な重要情報は本篇100ページに満たないノイマンの原稿のなか…

ジャン=クレ・マルタン『フェルメールとスピノザ <永遠>の公式』(原書2011, 訳書2011)

同じ年に生まれ、デルフトとハーグという近隣都市に住んでいたフェルメールとスピノザの、伝記的な出会いの可能性と、精神の近接性を描き上げた美しい書物。フェルメールのカメラ・オブスキュラのレンズを磨いたのがスピノザで、フェルメールの『天文学者』…

竹村牧男『空海の哲学』(2020, 講談社現代新書)

唯識思想や華厳思想が専門の著者が宗門を超えて空海の「即身成仏」をマテリアリスティックに読み解くしびれる一冊。 この環境世界も仏国土そのものであるのが実情なのである。じつに「草木国土、悉皆成仏」である。この句の意味は、「草木国土も悉皆、未来に…

テッサ・モーリス-スズキ『自由を耐え忍ぶ』(2004 岩波書店)

岩波の『世界』の連載(2004.01-08)をまとめた日本向けの書籍。 テッサ・モーリス-スズキはイギリス生まれ、オーストラリア在住の日本経済史・思想史の研究者。 自由主義経済下の世界を耐え忍びながらオルタナティブを考えるという趣旨の本。ネグリのように…

稲葉振一郎『AI時代の労働哲学』(講談社選書メチエ 2019)

ビックリです。 人工知能やロボットがこのまま進化していって自律的な行動をするようになったら法人格を与えられるようにすすんでいくだろうというのは、ごもっともな指摘で、リアリティがありました。法人としての人工知能やロボット。現実化しそうな議論…

空海『即身成仏義』(加藤精一編 角川ソフィア文庫 ビギナーズ日本の思想 2013)

空海の思想の中心はやはり即身成仏。詳細な解説書を読む前に、原文読み下し文と簡易解説に触れておくほうが良いと思うので、角川ソフィア文庫のビギナーズ日本の思想シリーズを手にされることをすすめる。 【即身成仏の頌】六大無礙にして常に瑜伽(ゆが)な…

丹羽宇一郎『人間の本性』(2019 幻冬舎新書)

情報は正確さと希少さとで価値が決まるので、できるかぎり現場の情報に触れるよう心掛けるのが良い。伊藤忠社員時代に新聞記事を根拠に大豆相場を張って15億の損失を出して得た教訓は傾聴に値する。 少ない材料をもとに予測を行えば、それこそ丁半博打のよ…

ヤーコプ・ブルクハルト『世界史的考察』(1868-72の講義草稿 原書1905 ちくま学芸文庫2009)

歴史家は各時代の特徴と制約を浮き上がらせる能力を磨いている専門家で、その言説は冷静に聞き入れておく価値がある。ブルクハルトはスイスのすぐれた歴史学者で、現行のスイス・フランの最高額の紙幣の肖像にも用いられている。ニーチェとも深い親交があっ…

ヴォルフガング・シュトレーク「資本主義の限界」(朝日新書『世界の未来 ギャンブル化する民主主義、帝国化する資本』より)

いまの世の中、どちらかといえば失敗していると思っている人のほうが多いのは確かだ。どうにかしたいと思って足掻いているあいだは、自己正当化バイアスがより強くかかっているので、自分の体験からいえば結構つらい。そういう時には瞬間腑抜けになって、ダ…

ピエール・ロザンヴァロン「民主主義の希望」(朝日新書『世界の未来 ギャンブル化する民主主義、帝国化する資本』より)

主権者といわれても、人並みに税金払っているよ、くらいの感覚しかない。日本の行政のサービスが劇的に変わらないことにたいする信任を都度出しているというところなのだろうか。 理想的な民主主義では、主権者は投票日1日だけではなく、つねに主権者である…

アントニオ・ネグリ『スピノザとわたしたち』(原書2010, 訳書2011)

『野生のアノマリー スピノザにおける力能と権力』(1981)から30年たったところで出版されたネグリのスピノザ論集。会議での発表用テキスト四本に序章を追加した著作。口頭発表用の原稿とあって、味わいが濃いわりに、理解もしやすい。聴衆や読者の好奇心を…

三好範英『メルケルと右傾化するドイツ』(2018 光文社文庫)

右傾化しているのはドイツに限らない。ある程度の規模をもったところでうまくいっている国というものを探す方が難しく、危機感のなかで身を固くしていたいという想いを抱かせるような空気が現状薄くなることはない。誰だって風当たりが強いところで貧乏くじ…

『人狼知能 だます・見破る・説得する人工知能』(森北出版 2016)

人工知能で東大合格を目指していた東ロボくんプロジェクトが終了した(断念された)あとに注目すべきプロジェクトのひとつは人狼知能。村人に偽装した人狼と村人が混在したグループのなかで人狼と人間が互いを排撃するゲームをプレイするための人工知能を作…

石崎晴己編訳 エマニュエル・トッド『トッド自身を語る』(藤原書店 2015)

日本で独自に編まれたインタビュー集。エマニュエル・トッドはフランスの歴史人口学者・家族人類学者。各国各地域の家族構造から人間の社会活動としての政治・経済・文化を解析するすぐれた学者。本書では特に経済に関する洞察が光っている。 中国人が人民元…

エマニュエル・トッド「世界の未来」(2017.11.07インタビュー 朝日新書『世界の未来 ギャンブル化する民主主義、帝国化する資本』より)

識字化という諸刃の剣、人口減少を受け入れている国としての日本。この二つの発言が深く刺さった。 【識字化という諸刃の剣】 識字率の普遍的な広がりは、人間は平等だという潜在意識をもった社会をつくった。なぜならだれもが読み書きできる社会だからです…

網野善彦『日本中世の民衆像 ―平民と職人―』(1980, 岩波新書)

質的変換をともなう歴史の層に切り込んでいくのは大変な作業と考えられる。網野善彦は農民を中心にすえてそれ以外の領域で生きる人間に対する眼差しを抑圧する歴史観に掉さして、漁民、狩猟民、職人などの世界の存在を強く主張した日本の歴史学者。今では常…

仲正昌樹『日本とドイツ 二つの戦後思想』(2005, 光文社新書)

仲正昌樹は人文系の教師として優れた入門書を数多く出版している。新書のため比較的分量軽めに書かれているが、本書も情報を手に入れるには有効な著作となっている。対象をかみ砕いて丁寧に紹介することを普段から志向しているようで、仲正本人の主張や思考…

上村忠男『ヴィーコ 学問の起源へ』(2009, 中公新書)

ヴィーコの『新しい学』(原書 1725, 中公文庫 2018)の日本語訳者によるヴィーコ啓蒙書。すこし学問寄りの情報が満載の新書。著者自身の学究の人生もひかえめに開示されていて、導き手としての役割は万全。フッサール(1859-1938)の『ヨーロッパ的諸科学の…

黒川康徳『今こそ石田梅岩に学ぶ!  新時代の石門心学』(2019 日本地域社会研究所)

準自費出版的な著作。松岡正剛発信で石田梅岩を読んでみようかなと思っていたところに出会った一冊。近所のブックオフで200円。 ぶっちゃけ無茶苦茶外れということではないけれども、二章以降は精神道場の道場主の訓示あるいは方針開示みたいになっていて、…

栃内新+左巻健男 (編著)『新しい高校生物の教科書 現代人のための高校理科』 (講談社ブルーバックス 2006)

科学は日々進歩しているため、最新の学説を取り込むほど内容は面白くなってくる。ただ、理解ができないほど難しいと困ってしまうのだが、本書は執筆者の努力と熱量とで、生物についての興味が持続し、ほぼ書かれている情報をそのまま享受することができる。…

アントニオ・ネグリ『野生のアノマリー スピノザにおける力能と権力』(原書1981, 訳書2008)

本物の凄さが伝わる。無実の身で国家権力により投獄された中で書かれたスピノザ論。無神論者、唯物論者、脱ユートピアの思索者スピノザという視点。ホッブズ―ルソー―ヘーゲルの三人組に対立するマキャヴェッリ―スピノザ―マルクスの三人組を形づくる政治論者…

遠山義孝『人と思想 77 ショーペンハウアー』(清水書院 1986)

ショーペンハウアーと東洋思想という切り口での紹介の比率が大きい入門書。日本の読者向けの特殊な配分だと思う。ヴェーダや仏教とショーペンハウアーの思想との関係からはそれほど豊かな実りは得られないのではないかと私は思っている。個人的には西洋哲学…

食べてゐる牛の口より蓼の花 高野素十(1893-1976) 『初鴉』(1948)から

高野素十は高浜虚子の提唱する「客観写生」を最も突き進めた俳人。特に近景描写にすぐれると言われる。小さなものを巧みにとらえ造化の妙を俳句形式に定着させている。また、あまり言われないことだが個人的には言葉のもつ音、韻律に敏感な俳人であったと考…

國分功一郎『スピノザの方法』(2011 みすず書房)

「説得というモーメントに引きずられている」デカルト(p141)と「説得に無関心で、説き伏せることのないスピノザ」(p355)という視点。 國分功一郎は『暇と退屈の倫理学』(2011 朝日出版社)でウィリアム・モリスを引きながら「人の生活はバラで飾られていな…

ジグムント・バウマン『コラテラル・ダメージ グローバル時代の巻き添え被害』(原書2011, 訳書2011)

どのくらいの不安と危機感をもつのが適当なのかわからないときに、少なくとも過剰な自己責任論に押しつぶされないような情報を与えてくれる一冊。 「福祉国家」体制が次第に廃棄され、消滅していく一方、かつて事業活動や市場の自由な競争とその悲惨な結末に…

【唐詩選】王建(768-830)「水夫謡」 訳:筧文生

生涯でひとつでも辞書に残るような言葉を残せたら、文学好きにとっては本望だろう。 淼淼 びょうびょう 「水がはてしなくつづくさま」ということで平面的な意味が強いようだが、水が三つ重なった形が二つ並んだ様は、水の量感をずっしりと感じさせてくれる。…

サミュエル・ベケット「ダンテ・・・ブルーノ・ヴィーコ・・ジョイス」(1929、川口喬一訳)

千頁を超える作品を読み終えた後は、誰かの何かに消化を助けてもらいたくなる。先日ヴィーコの『新しい学』(中公文庫)を読み終えて、落ち着かない気分でいたところで助けてもらったのがこのベケットのジョイス論。『進行中の作品』として語られるのは『フ…

【唐詩選】張説(667-730)「山夜聴鐘」 訳:今鷹真

信知本際空。わかった、ほんとうのところ人間なんて空なんだ。 否定を知ってしまった人間が本来的なものを想像しつつ空なるものを詠嘆する。 本来価値フラットな自然であるが、人間の歴史的文化的な象徴能力は否定と理想をつくってしまって、どうあがいても…

松岡正剛『日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く』(2020, 講談社現代新書)

凄腕編集者の松岡正剛は読者の好奇心に火をつけていく技をいくつももっている。やはり一番すごいのは千夜千冊の尖った著作紹介だが、今度の講談社現代新書の日本論も、著者が自身の日本論の集大成と位置づけているだけの良さは十分にある。個人的には第一〇…