読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

【雑記】たてよみあくび

あきれかえるほどのこだいからうけついできているのは くもなくふかくからだほりおこしてはふくらませている びっくりするほどしんたいゆういのひとつづきのじかん

野口米次郎「梅の老木」(『沈黙の血汐』 1922 より )

梅の老木 薄墨色の空を白く染め抜く梅の老木、私の霊もお前のやうに年老いて居る。お前の祈禱に導かれて(お前は単に人を喜ばせる花でない、)私も高い空に貧しい祈禱を捧げる、言葉のない喜悦の祈禱を。お前は形態の美を犠牲にして香気を得た、花としてお前…

クリフォード・ピックオーバー『ビジュアル 数学全史 人類誕生前から多次元宇宙まで』(原書2009, 岩波書店2017)

図書館が再開して、自分では購入して保有してはおけない大型本に接することができるようになった。 「紀元前1億5000万年ころ アリの体内距離計」、「紀元前3000万年ころ 数をかぞえる霊長類」からはじまって、「2007年 例外型単純リー群E8の探求」、「2007年…

ヘイゼル・ミュアー『1分間サイエンス 手軽に学べる科学の重要テーマ200』(原書2011, SBクリエイティブSi新書 2019)

科学全般の雑学取得と保有知識のチェックに便利。図をじっと見て、想いにふけなければ1テーマを1分でチェック可能。職業柄最終章の「IT」がいちばんリアルに気になる。 ・遺伝的アルゴリズム・量子コンピュータ・ホログラフィックメモリ・分散コンピューティ…

福岡伸一『フェルメール 光の王国』(木楽舎 2011)

1632年、オランダ。フェルメールとスピノザが生まれたオランダ、デルフトでもうひとり、光とレンズの世界に没入する人物がいた。アントニ・ファン・レーウェンフック。顕微鏡の父、微生物の発見者。福岡伸一はフェルメールの『地理学者』『天文学者』のモデ…

竹内薫『「ファインマン物理学」を読む 普及版 力学と熱力学を中心として』(講談社ブルーバックス 2020)

サイエンス作家竹内薫がガイドする「ファインマン物理学」への手引き書。三分冊のうちの最終巻のようだが、「ファインマン物理学」の原書第1巻は「力学」、第2巻が「光・熱・波動」ということなので、こちらから読みはじめた。 ファインマン自身の魅力に加…

國分功一郎『原子力時代における哲学』(晶文社 2019)

中沢新一と斎藤環の助けを借りつつ、3.11以降の時代にハイデッガーの『放下』を読むという内容。『暇と退屈の倫理学』で示された余暇にバラを配置する手続きの前に、荒れた心も場も整えなければならないだろうという想いに駆られての論考と受け取った。 …

野口米次郎「沈黙の血汐序詩」(『沈黙の血汐』 1922 より )

沈黙の血汐序詩 右には広々した灰色の沙漠、左には錐のやうに尖つた雪の峰、風はその間を無遠慮に吹きすさんで、木の葉を落とした樹木の指先から沈黙の赤い血が滴る……君はかういふ場所を想像したことがありますか。私は今この沙漠と雪の山との中間に居ります…

山田克哉『 E=mc2のからくり エネルギーと質量はなぜ「等しい」のか』(講談社ブルーバックス 2018)

恥ずかしながら「光子はエネルギーを持っているのに質量がゼロとはどういうこと?」と理系世界では常識レベルかも知れないことをずっと疑念に思ってきたのだが、本書ではじめて腑に落ちた。「電子対創生」。いままで読んだことはあったかも知れない。でも、…

イリヤ・プリゴジン + イザベル・スタンジェール『混沌からの秩序』(原書 1984, みすず書房 1987)

世界の再魔術化、魅惑の世界の再来ということに関してモリス・バーマンは「デカルトからベイトソンへ」という線を引いた。イリヤ・プリゴジンはバーマンとはまた別の視点から複数の魅力的な線を引いている。 ディドロ、カントからホワイトヘッドへ 独立体か…

新井紀子・東中竜一郎 編『人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」第三次AIブームの到達点と限界』(東京大学出版会 2018)

本書はキャッチ―なタイトルと親しみやすいカヴァーのイラストで一般向けの書籍の体裁をとっているけれども、実情としては人工知能系の国家予算供与プロジェクトの結果報告書といったもので、システム業界以外の読者層にたいして有益な情報は全篇通してそれほ…

【雑記】たてよみなみのつぶ

なみのつぶやきにみみをすませば みずいろのひかりをたたえたちが のうみつなときのなかにあらわれ ついのすみかにとさそいをかける ぶすいなかいはとおざけてちんし

【雑記】たてよみかむい

かんすうにいきちをあたえつづけて むじかんのかいにぼつにゅうするも いつだつのちからにうたれるしいか

小川環樹・木田章義 注解『千文字』(岩波文庫 1997)

重複なしの漢字一千字を四字一句の250の韻文に編纂した文字学習用の一篇。使用されている故事成語の出典等を注解した李暹の「千字文注」の訳をそえて二句ごと紹介する体裁。中国古代よりの徳目である忠孝に関連するエピソードにもたくさん触れられる。 そ…

今道友信『エコエティカ ―生圏倫理学入門―』(講談社学術文庫 1990)

エコエティカ(eco-ethica)とは、人間の新しい生活圏における新しい倫理学、「生圏道徳学」「生圏倫理学」という著者が1960年代に提示した現代に必要とされる哲学。高度技術社会、産業社会の中で失われた徳目、審美眼、品格、聖性といったものをもう一度取…

佐藤勝彦 監修『図解雑学 量子論』(ナツメ社 2001)

初歩の初歩、入門中の入門の書みたいな体裁をとっているにもかかわらず、具だくさん。しかもきっちりと味付けがしてあって、うまさを感じる。見開き2ページでひとつのトピックを扱っていて、右に図解、左に解説文で、数式が理解できないひとに向けても、し…

エルヴィン・シュレーディンガー『自然とギリシャ人・科学と人間性』(原書 1996, ちくま学芸文庫 2014)

教育は洗脳の側面を持っていると言われるなかで、自主的に学習していこうとする者は進んで洗脳される態勢をとっているカモのようなものなのに、相対論と量子論の洗脳はなかなかきまってくれない。古典力学の洗脳が強くて解けないので、新しい洗脳を弾いてし…

【雑記】たてよみ俳句かな

はいきょにてはいでがーよむりょうかんき いんどねつさめてもるりこうじょうどかな くるぶしをはらしてねればうずくはね かりょうびんがからからからとかりのこえななくさのうえにひらくはごまのみち 【通常変換】 廃墟にてハイデガー読む良寛忌 インド熱冷…

ピエール・ブルデュー『メディア批判』(原題『テレヴィジョンについて』1996, 藤原書店 2000)

ジャーナリストの池上彰さんは、どこかの新書で、テレビは見るものではなく出るものだということをおっしゃっていた。いちばんの理由は情報収集にかかる時間面でのコストパフォーマンスが悪いためということだったと思う。当事者の意見なので、そんなものな…

江川隆男『スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために』(2019)

一貫して心身並行論から読み解くスピノザ『エチカ』十五講。日本のマーケットだけで収まってしまうには惜しい一冊。英訳、仏訳されて世界の読者層にも読んでもらいたい。 意志と結び付けて人間の自由を理解することは、道徳的思考のもっとも典型的で基本的な…

吉田洋一+赤攝也『数学序説』(培風館 1954, ちくま学芸文庫 2013)

一回試行の確率空間って、日々の生活とか歴史の歩みのことを言っているようだ。 理系の学者でうまい文章を書く人はとても魅力的で、普段は思いもつかないようなことを示唆してくれる。 適当に訓練された数学者は、数学的理論に対して’数学的審美眼’ともいう…

イマニュエル・ウォーラーステイン『脱商品化の時代 アメリカン・パワーの衰退と来たるべき世界』(原書2003, 訳書2004)

左翼を自認する社会学者ウォーラーステインが提示する希望をこめた未来世界のモデル。 資本主義システムの決定的な欠点は、私的所有にあるのではなく――それは単に手段にすぎない――商品化にある。商品化こそが資本の蓄積において不可欠の要素なのである。今日…

【雑記】たてよみエロス

エスカレートしてくるいらだちは大切にはしない ロスカットして地におとして無に返してあげよう スズメの肛門のようなゆるさで、なにごともなく

デレク・ジャーマン『ヴィトゲンシュタイン』(映画 1993 75分)

ヴィトゲンシュタインの言葉に接した後は、記号に触れていると感じた場合のざわつきがひどい。意識に上ってくる言語を聴くという行為にさえ、いつもとは違う解釈のフィルターを通しているような違和感が続く。言語記号に対する構えが無意識に立ちあがり、言…

コーラ・ダイアモンド編『ウィトゲンシュタインの講義 数学の基礎編 ケンブリッジ1939年』(原書 1975, 講談社学術文庫 2015)

なに言っているんでしょう、ウィトゲンシュタイン。そんなことばっかり言ってると愛しのチューリング君にあきれられてしまいますよ。 前回の最後は紛糾してしまった。そしておそらく、今回も同様にもつれることになりそうだ。少し前に私が辿り着いたポイント…

ジャック・デリダ『「幾何学の起源」序説』(原書 1962, , 青土社 1988)

デリダの序説はフッサール論であるとともに、ジェイムズ・ジョイス論という側面を持っている。ジョイスを論ずるのにヴィーコを持ってきたベケットと、フッサールを持ってきたデリダ。これまでデリダは苦手で、お付き合いするのをためらうことが多かったのだ…

エドムント・フッサール『幾何学の起源』(執筆 1936, 中公文庫 1995, 青土社 1988)

文化を担っているという意識をことさら持たなくとも、日常の活動の中で、文化的なものを伝える媒質あるいは再生する装置としての自分自身というものを思うと、すこしプラスの感情が発生する。フッサールの『幾何学の起源』の文章は、そうした機会を発生させ…

赤攝也『集合論入門』(培風館 1957, ちくま学芸文庫 2014)

数学が趣味ではない文系人間でも、集合論は興味深く接することができる領域だと思う。無限と自己言及に関する議論についての感度が高くなる気がするので、怖がらずに四、五時間付き合ってみるのも経験値の観点からも損はない。また、ぜんぶ分からなくても、…

小室直樹『数学を使わない数学の講義』(2005, 原書『超常識の方法』1981)

本のタイトルは重要で、原書の『超常識の方法』のままだったら手に取らなかったかもしれない。40年前の書籍が15年前に改訂・改題して出版、いまでも版を重ねているようだからたぶん良書なんだろうとおもって購入して読んでみたら、昭和の香りが色濃い、おじ…

横書きでも鑑賞可能な吉田一穂の詩と縦書きでしか鑑賞できない高柳重信の俳句

こだわりの強い吉田一穂ファンのサイバースペース上での発言には「横書きの吉田一穂なんて耐えがたい」というものが結構多いけれども、私の個人的意見としては、そんなものですかねという程度。『古代緑地』で30度のポールシフトの影響度の強さを語ってい…