読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

2022-01-01から1ヶ月間の記事一覧

新倉俊一編集『西脇順三郎コレクション』Ⅰ・Ⅱ 詩集(慶應義塾大学出版会 2007年) 中高年の鈍重さを背負いつつ底抜けてしまった稀有な日本の近代詩人

西脇順三郎の詩作の大部分を収める選集。晩年の詩作にふれることは編集方針上できないが、『宝石の眠り』まで、著者70歳までの詩作品を完本収録していることに意義がある個人選集。 個人的には詩的表出のタガがどこかはずれたと想定される『宝石の眠り』以…

訳・解説 大角修『全品現代語訳 法華経』(角川ソフィア文庫 2018 ) 「一相」と「存在の一義性」をしばし合わせてみる

妙法蓮華経安楽行品第十四に「一相」という言葉が出てくる。その後注意して法華経後半を読みすすめていたがおそらくここだけに使われている言葉ではないかと思う。 一切諸法 空無所有 無有常住 亦無起滅(中略)観一切法 皆無所有 猶如虚空 無有堅固 不生不…

中央公論社 日本の絵巻2『伴大納言絵詞』(1987年刊 編集・解説 小松茂美 )

『源氏物語絵巻』、『信貴山縁起絵巻』、『鳥獣人物戯画』と並ぶ四大絵巻物のひとつ。ジブリの高畑勲をうならせた群衆描写はやはり圧巻。ひとりひとり違う仕草、衣装、顔つきと表情が丁寧にしかも生き生きとした筆で造形されている。なかにはジブリのアニメ…

中央公論社 日本の絵巻19『西行物語絵巻』(1988年刊 編集・解説 小松茂美 )

仏にはさくらの花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば 73歳で示寂した後の世、それほど時を置かずに描かれはじめた西行の生涯を描いた絵巻で、今日に伝わる三種を収めた一冊。その絵巻三種は以下のとおり。 徳川美術館本一巻(絵:土佐経隆、詞書:藤原…

平野晋『ロボット法 <増補版> AIとヒトの共生にむけて』(弘文堂 初版 2017, 増補版 2019 ) 人間のコントロール外の領域に踏み込みつつある技術と共にあることについての考察

ベルクソンは人間の振舞いに機械的な強張りを見たときに笑いが生じると説いた。第三次AIブーム下にある2022年の今現在、特定領野における限られた行動においては、一般的な人間よりも滑らかで高度な技術を見せるロボットやAIはいくらでもいて、その…

アンリ・ベルクソン+ジークムント・フロイト『笑い/不気味なもの 付:ジリボン「不気味な笑い」』(平凡社ライブラリー 原章二訳 2016)

平凡社ライブラリーのこの一冊は、2010年に平凡社から訳出刊行されたジャン=リュック・ジリボン『不気味な笑い フロイトとベルクソン』から生まれた古典的なふたつの論考を新訳カップリングしたアンソロジー的作品。 笑いと不気味なものというともに痙…

ロビンドロナト・タゴール詩集『迷い鳥』(原著 Stray Bird 1916 ニューヨーク, 川名澄訳 風媒社 <新装版> 2015) この世界という宴に招かれた客人の朴訥で悪意のない応答の言葉

1913年に英語版の『ギタンジャリ』によってノーベル文学賞を受賞した後、世界周遊の講演旅行を行う途中、第一次世界大戦が勃発し各国の国家主義が猛威を振るっているさなかの1916年、日本にはじめて訪問したときに発した詩想を機縁にまとめあげられたタゴー…

松岡正剛『外は、良寛。』(芸術新聞社 1993, 講談社文芸文庫 2021 )芸術新聞社版についていた副題は「書くほどに淡雪の人 寸前の時、手前の書」

良寛の書を軸に語られた愛あふれる一冊。自身のサイト千夜千冊の第1000夜を『良寛全集』で締めくくっていたこともあり、どれほど力を込めた作品なのだろうかとすこし構えて読みはじめてみたところ、ベースが口述の語り下ろしということもあり、ですます調で…

アラン・コルバン『草のみずみずしさ 感情と自然の文化史』(原著 2018, 藤原書店 小倉孝誠+綾部麻美訳 2021 )

草づくしの200ページ。西欧、とりわけフランスの田園のもとに育まれた感性を、多くの絵画、小説、詩、書簡や博物誌や批評のなかに探り、アラン・コルバンの地の文章に多くの引用をちりばめた散文詩のような作品。とてもフランス的で日本ではあまり同系統…

鍵谷幸信編 西脇順三郎『芭蕉・シェイクスピア・エリオット』(恒文社 1989)よりエリオット

西脇順三郎が残したエリオットについてのエッセイ15本が収録されている。 イギリス留学もしていた西脇順三郎が同時代のエリオットを語るという、西脇順三郎側からの微妙かつ一方的なライバル的関係性もうかがえて興味深い。詩人としてよりも批評家としての…

志村ふくみ『晩禱 リルケを読む』(人文書院 2012)

染織、紬織での人間国宝、志村ふくみが綴るリルケ。ここぞというところで使用されている「裂(きれ)」という記号がどこか聖性を帯びていて、これは敵わないなあと思いつつ読み通す。2012年刊行なので、88歳、米寿での作品となる。それも、敵わない。…

ジャン=リュック・ジリボン『不気味な笑い フロイトとベルクソン』(原著 2008, 平凡社 原章二訳 2010)

ベルクソンの『笑い』とフロイトの『不気味なもの』の並行した読み解きで、二つのテクストを共振させ、知的刺激をより広範囲に波及させようとする試みの書。途中からグレゴリー・ベイトソンの『精神の生態学』のなかのメタメッセージとして働く「枠」の考察…

監修 辻惟雄+太田彩『若冲原寸美術館 100%Jakuchu!』(小学館 2016)

代表作『動植綵絵』全30幅を、それぞれ全図とともに4ページに数点の原寸図版を掲載して紹介する贅沢なつくりの一冊。『動植綵絵』は、実寸ではそれぞれ140×80cm程度の絹本着色の作品で、本書の売りである原寸図版で見ると若冲の繊細緻密で没入して…

山下裕二+橋本麻里『驚くべき日本美術』(集英社インターナショナル 知のトレッキング叢書 2015)暴論のような正論を聞ける日本美術に関する師弟対話

山下裕二と橋本麻里、両人ともに関心のある名前ではあったので、本の背表紙に名前が並んでいるのが目に入り、手に取ってみたところアタリだった。作家としては版画家の風間サチコという名前を知れたことがいちばんの収穫かもしれない。木版画を彫って一枚し…

西郷信綱+永積安明+広末保『日本文学の古典 第二版』(岩波新書 1966)

西郷信綱、永積安明、広末保の三人の日本文学者が各専門時代ごとに凝縮された論考を展開している見事な解説書。読み応えがあり贅沢。 日本古代文学専攻の西郷信綱が古事記から女手の日記文学まで、日本中世文学専攻の永積安明が今昔物語の説話物語の世界から…

コンラート・ローレンツ『鏡の背面 人間的認識の自然誌的考察』(原著 1973, 新思索社 谷口茂訳 1974, ちくま学芸文庫 2017)

『攻撃』から十年後、ノーベル生理学・医学賞を受賞した年に刊行された書籍。 人間の認識のはたらきを生物行動学の知見を軸に哲学的に展開した論考。 生物でもある人間をシステムあるいは装置として検討する方法が貫かれているところが科学者らしく明解で好…

コンラート・ローレンツ『攻撃 悪の自然誌』(原著 1963, みすず書房 日高敏隆+久保和彦訳 1970)

AIの進歩とともに機械であるコンピュータと人間を比較考察する論考が数多くなされ、また脳科学の発達とともに心脳問題あるいは心身問題にあらためて熱い視線が注がれている現在、生物学者のローレンツが本能の儀式化する様子やゲノム情報によらずに世代間…

アラン・コルバン『静寂と沈黙の歴史 ルネサンスから現代まで』(原著 2016, 藤原書店 小倉孝誠+中川真知子訳 2018 )

「感性の歴史家」ともいわれているアラン・コルバン、題名と本のたたずまいに魅かれて試し読み。『草のみずみずしさ 感情と自然の文化史』と迷ったが、どちらかといえばメジャーな分野を対象にしたものからという判断で、こちらから参入してみる。 内容的に…

杉本秀太郎『伊東静雄』(筑摩書房近代日本詩人選18 1985, 講談社文芸文庫 2009)

書名は『伊東静雄』となっているけれども、詩人の評伝ではない。作品論、それも詩人の第一詩集『わがひとに与ふる哀歌』一冊のみの作品構成を読み解く日本ではまことに珍しい著作になっている。全28篇を冒頭掲載作品から順追って掲載解説している本書を読…

ジョルジョ・アガンベン『王国と楽園』(原書 2019, 平凡社 2021 岡田温司+多賀健太郎訳)

アダムとイヴが追放された楽園と神の王国(天国)と原罪をもつ人間の関係性を論じながら、アントニオ・ネグリとは少し違った角度からマルチチュード(多数者)による地上楽園の実現としての社会変革を支えるひとつの理論として書かれた書物という印象をもっ…

ジャン=バティスト・グリナ『ストア派』(文庫クセジュ 原書 2017, 白水社 川本愛訳 2020)

ストア派の最新入門書。ストア派の歴史と体系を時代区分ごとに論じたコンパクトな学術書で、短期講座のテキスト向き。訳書である白水社版で140ページ弱の分量ではあるが、ストア派の始祖とされる紀元前三世紀はじめのゼノンの思想からはじめて、現代の「…

『伊勢物語』を終わりから逆に読みすすめる 石田穣二訳注 角川文庫版『 新版 伊勢物語 付現代語訳』(1979年)

2022年1月、『伊勢物語』を終わりから逆に読みすすめでみた。 「大抵の書物は終わりから読んだ方がよくわかる」という方法論を知ったのは、約三十年前、現代音楽におけるビッグネームであり、稀有な演奏を繰り出すピアニスト、そして優れたカフカの読み…

村田潔+折戸洋子 編著『情報倫理入門 ICT社会におけるウェルビーイングの探究』(ミネルヴァ書房 2021)

ICTはInformation and Communication Technology(情報通信技術)の略でインターネット等の通信技術を活用したコミュニケーションのことをいう。 本書は情報倫理の入門のテキストで、高度情報化社会でのウェルビーイング(善きありかた)を探求するために…

コンラート・ローレンツ『行動は進化するか』(原書 1965, 日高敏隆+羽田節子訳 講談社現代新書 1976 )

現代的な心身問題についての議論では、生物学と生態学に携わる人々の観察をベースにした業績を抜きにしては語り得ない領域がほとんどであるということは頭に入れておいていい基本的な事象である。一次資料となる観察をおろそかにしては客観を目指す科学は成…

マリオ・プラーツ『官能の庭Ⅰ マニエーラ・イタリアーナ ルネサンス・二人の先駆者・マニエリスム』(原書 1975, ありな書房 2021)

本書は1993年にありな書房から訳出刊行されたマリオ・プラーツの芸術論集『官能の庭』の分冊版の第一巻。全五冊の刊行が予定されている。分冊再刊行にあたっては監修者の伊藤博明により一部論考の差し替えと翻訳の再検討が行われているようだ。一冊の本…

トマス・スターンズ・エリオット『エリオット全集1 詩』(中央公論社 改訂初版1971)

エリオットの仕事は大きく三つに分かれる。詩と詩劇と批評がそれだ。詩人でエリオットの訳者でもあり大学の英文学教授でもあった西脇順三郎はエリオットの業績として詩よりも批評を評価していたが、世界観の振り幅の大きさを考えると、詩の世界のほうに個人…

トマス・スターンズ・エリオット作 岩崎宗治訳『荒地』(原作 1922, 岩波文庫 2010)

2022年は「荒地」刊行百周年。ほかにはジョイス『ユリシーズ』百周年、マルセル・プルースト没後百年、日本では森鴎外没後百年(大正11年没)などの年にあたる。 この100年間の社会変動は大変なものだが、文芸の世界ではどれほどの展開があっただろ…