読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

哲学

菅豊彦『アリストテレス『ニコマコス倫理学』を読む 幸福とは何か』(勁草書房 2016)

ソクラテス、プラトン、カントなどと比較してアリストテレスの思想的特徴を述べることはあるものの、それをことさら強調してアリストテレスの独自性を焦点に自説を展開していくということはなく、あくまで『ニコマコス倫理学』のテキスト自体を整理しながら…

エリザベス・グロス『カオス・領土・芸術 ドゥルーズと大地のフレーミング』(原著 2008, 監訳:檜垣立哉 法政大学出版局 2020)

ドゥルーズの芸術論に依拠しながら建築、音楽、絵画の三領域について展開される論考集。著者独自の主張よりも整理されたドゥルーズの思考の鮮烈さが印象に残る。本論のなかで直接引用されるものと原注で引用参照される章句の数々がそれこそそのまま刺激的で…

ジャック・デリダ『思考すること、それはノンと言うことである 初期ソルボンヌ講義』(原著 2022, 訳:松田智裕 青土社 2023)

デリダ30歳、脱構築の著述家となる以前の1960-61年度のソルボンヌ大学での講義録。遠く『ユリシーズ・グラモフォン』のウィに関する考察にまで波及する肯定と否定の言辞に関する思索。 アランの「思考すること、それはノンと言うことである」という…

斎藤幸平の「脱成長コミュニズム」の本二冊 『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA 2022)『マルクス解体 プロメテウスの夢とその先』(講談社 2023)

現実性が低いからと言って考えることを放棄せずに新たな思考の枠組を継続的に打ち出していくことを自らの使命と考えているのが「脱成長コミュニズム」のみが未来を拓く道であると提言する斎藤幸平のスタンスである。 store.kadokawa.co.jp 『ぼくはウーバー…

ジャック・デリダ『ユリシーズ グラモフォン ジョイスに寄せるふたこと』(原著 1987, 訳:合田正人+中真生 法政大学出版局 2001)

6月16日は120年目のブルームの日。そこに向けて何らかのかたちを残しておこうと本書を手に取ってみた。ジャック・デリダとジェイムズ・ジョイスの組み合わせとあって、読みはじめる前はかなり身構えていたものの、即興を交えた講演会の記録ということ…

ベルナール・スティグレール『技術と時間1 エピメテウスの過失』・『技術と時間2 方向喪失 ディスオリエンテーション』・『技術と時間3 映画の時間と〈難-存在〉の問題』(監修:石田英敬、訳:西兼志)

『技術と時間』はベルナール・スティグレールの主著。予定されていた巻数には届かずシリーズ的には未完だが、各巻は独立して読める。日本語訳されているほかの著作と比較すると、ほかの著作が講演やエッセイをベースにした一読了解可能な語り口にくらべ、い…

ジャン=フランソワ・リオタール『リオタール寓話集』(原著 1993, 訳:本間邦雄 藤原書店 1996)

原題は『ポストモダンのモラリテ(教訓)』。現代社会における政治と美学に関わるエッセイとフィクション全十四篇からなる読み物的要素の大きい哲学談話。20ページ程度の本篇に訳者による「モラリテ」と題された1ページの解題が付いている。この訳者解題…

李舜志『ベルナール・スティグレールの哲学  人新世の技術論』(法政大学出版局 2024)

未完の主著『技術と時間』の生前最終刊行の第3巻が2013年に邦訳されてから翻訳が滞ってしまったスティグレール。師デリダの差延の思考に多くを負いながら、ハイデガーの技術論を批判的に継承し展開した思索が「人新世の技術論」とも呼ばれることになっ…

モーリス・ブランショ『明かしえぬ共同体』(原著 1983, 訳:西谷修 ちくま学芸文庫 1997, 朝日出版社 1984)

ジャン=リュック・ナンシーの『無為の共同体』を受けて書かれたブランショの共同の不可能性とともにある共同をベースにした共同体論。アセファル期のバタイユを中心として論じた「否定的共同体」と、デュラスの『死の病』と1968年5月の蜂起について書か…

ジャン=リュック・ナンシー『無為の共同体 哲学を問い直す分有の思考』(原著 1986,1999, 訳:西谷修+安原伸一朗 以文社 2001)

バタイユの脱自ー恍惚の思想を再解釈しつつ、有限性を持った個人の限界でのコミュニケーションについて考察した書物。限界の露呈と分有という非人称的な出来事によって複数的なものが成立する、共同体の不在の、無為なもの(営みを解かれたもの)としての別…

アンスガー・アレン『シニシズム』(原著 2020, 監修:上野正道, 訳:彩本磨生 ニュートンプレス 2021, Newton新書 2022)

ディオゲネスから現代まで、シニシズムの原初的形態から中世、近世、現代までの様相と社会的な意味を概観できる著作。多くの言語に翻訳されている著作で、目次を見ただけでもなかなか本格的で読みごたえのある著述であることは予想もでき、実際に最後まで興…

ベルナール・スティグレール『現勢化 哲学という使命』(原著 2003, 訳:ガブリエル・メランベルジェ+メランベルジェ眞紀 新評論 2007)

自然から離れ人工的な技術によって人間となり、そのプロセスを今なおつづけていることを思索の中心課題として、技術と時間について根底的に考えることを選択した現代哲学者スティグレールが、自身の過去と哲学することのはじまりについて初めて語った講演録…

ジャック・デリダ+ベルナール・スティグレール『テレビのエコーグラフィー デリダ〈哲学〉を語る』(原著 1996, 訳:原宏之 2005 NTT出版 2005)

19世紀後半以降に登場したオーディオヴィジュアルの記録再生と配信の技術とそれがもたらした精神の変容を精神分析的アプローチから解き明かし、多様性と自由度の高い未来へ向けて解き放つことが二人の哲学者の共通の狙い。 本書はデリダとスティグレールの…

ベルナール・スティグレール『象徴の貧困 1 ハイパーインダストリアル時代』(原著 2004, 訳:ガブリエル・メランベルジェ+メランベルジェ眞紀 新評論 2006)

商品が売れるように絶え間なく整備されつづけている世界のなかで消費活動以外の意味が生まれる土壌が悲惨なまでに貧困化している。象徴の力、意味を生み出す力の現状分析と、現代の惨状に立ち向かうための正義と慎み深さの感情の再構築にスティグレールは傾…

ベルナール・スティグレール『愛するということ 「自分」を、そして「われわれ」を』(原著 2003, 訳:ガブリエル・メランベルジェ+メランベルジェ眞紀 新評論 2007)

自分を愛することができず他者を愛することもできない現代人。意味と感情の貧困化の果てに選択されてしまう自棄と排他。個体化に向かうべきエネルギーが行き場を失い暴発してしまうような悲劇的状況にいる人々の生きづらさを共有しつつ、それに立ち向かうべ…

ベルナール・スティグレール『偶有からの哲学(アクシデントからの哲学) 技術と記憶と意識の話』(原著 2004, 訳:浅井幸生 新評論 2009)

ハイパー・インダストリアル社会における意識の荒廃に向きあう哲学者スティグレールへのラジオインタビューの書籍化。消費者として細分化され分類可能な対象として個体としての生の唯一性を剥奪された状態で生きる現代人の生きづらい状況を浮き上がらせるべ…

スティーヴン・ナドラー『いかに生き、いかに死ぬべきか 哲学者スピノザの叡智』(原著 監修:上野正道, 訳:藍浜かおり Newton新書 2023)

出版社も翻訳者も監修者も哲学専門ではないということもあってか、何だかフワフワ感のあるスピノザ紹介書。翻訳者が違っていればまた違った印象の本になったのではないかという気もするが、原著者スティーヴン・ナドラーはスピノザを専門とする学術者でもあ…

森田裕之『ドゥルーズ『差異と反復』を読む』(作品社 2019)

ドゥルーズ『差異と反復』をできるかぎり図式的かつ体系的に描き出すこと目指して書かれた著作。 ドゥルーズを読んだことのない人にもわかるように、ドゥルーズの「先験的経験論」を取り上げて、一般的に考えられている認識の経験とドゥルーズの考える経験が…

二コラ・フルリー『現実界に向かって ジャック=アラン・ミレール入門』(原著 2010, 訳:松本卓也 人文書院 2020)

日本でもラカン派の精神分析学者による著作は数多く出版されているが、バロック的といわれ容易に読解を許さないラカンの著述や講義を体系化し一般化し世界的に普及させた功績は、ジャック・ラカンの弟子であり娘婿でもあるジャック=アラン・ミレールにある。…

ジャン=フランソワ・リオタール『崇高の分析論 カント『判断力批判』についての講義録』(原著 2015 , 訳:星野太 法政大学出版局 2020)

カント『判断力批判』の第23節から29節までの崇高の分析論を中心に、美と崇高、理性と悟性と構想力と判断力について論じたリオタール晩年の講義録。『純粋理性批判』『実践理性批判』との関係性に目を配りながら、それぞれの批判書のアンチノミー(二律…

佐藤優『哲学入門 淡野安太郎『哲学思想史』をテキストとして』(角川書店 2022)

神学者である佐藤優の哲学に向ける視線はいたってドライだ。一般教養を求めて本書を手に取ると、世俗の厳しさを神学的立場から知らないうちに考えさせられることになる。 本書籍が一般購買層に対して優しくない書物となっているのは、本書が神学を専門としよ…

淡野安太郎『哲学思想史 -問題の展開を中心として-』(角川ソフィア文庫 2022, 原著 1949, 1962)

後進の教育にもっとも力を入れている人物のひとりである作家佐藤優が再刊までこぎつけた哲学史概説書。 古代哲学から近代哲学に移行するあいだの中世(キリスト教)哲学を教科書的哲学通史のなかでまがりなりにも取り上げ位置づけたこと、現代日本の高等教育…

サルトル×レヴィ『いまこそ、希望を』(原著 1980, 1991 訳:海老坂武 光文社古典新訳文庫 2019)

希望が見いだせたらいいなぁと思って手に取った著作。 サルトル最晩年の言葉。 対談相手のベニ・レヴィは毛派のプロレタリア左派指導者で、1973年に68歳で盲目となったサルトルの秘書として1974年から思考の相手をつとめた人物。 本対談はレヴィ主…

石田英敬+東浩紀『新記号論 脳とメディアが出会うとき』(ゲンロン 2019)

世界規模のネットワークに常時接続されている世界を生きる現在の人間の在りようを現代記号論の立場から分析しより良き未来に繋げることを意図してなされた総計13時間を超える講義対談録。 基本的に東大教養学部時代の師弟コンビの再編となる高級コミュニケ…

西垣通編『AI・ロボットと共存の倫理』(岩波書店 2022)

AI(人工知能)とロボットとの付き合い方について、現代の日本の状況や世界的状況をを踏まえて、多分野の研究者6人が集うことで成立した新時代の倫理観をめぐる論文集。 全体的な印象として倫理は経済効率とは相性がよくないということがすべての人の発言…

渡邊二郎『芸術の哲学』(ちくま学芸文庫 1998, 放送大学 1993)

ハイデガー研究者による芸術哲学概論。芸術作品の成立根拠を心のはたらきに帰する近代の主観主義的美学を批判し、ハイデガーが強調した生や歴史における真理の生起に焦点を当てる存在論的美学の流れを称揚するテクスト。作品は真実を露呈させるための発見的…

マルティン・ハイデッガー『芸術作品の根源』(原著 1960, 訳:関口浩 平凡社ライブラリー 2008)

存在するものの真理を生起するものとしての芸術作品、世界と大地との間の闘争としての芸術作品。ハイデガーの用いる「真理」という概念については訳者後記でも強調されているように「空け開け」「アレーテイア」「不伏蔵性の領域」という意味でもちいられて…

ジョルジョ・アガンベン『思考の潜勢力 論文と講演』(原著 2005, 訳:高桑和巳 月曜社 2009)

アガンベンの単著に入っていない論文の集成の書の翻訳。全21篇。 総ページ数500超で、造本も背表紙の厚さを見るといかついが、アガンベン思想の全体的枠組みを体感するのにはもってこいの著作。いずれかの単著を読み終えたのち、広範な領域にわたるアガ…

ジョルジョ・アガンベン『いと高き貧しさ 修道院規則と生の形式』(原著 2011, 訳:上村忠男+太田綾子 みすず書房 2014)

「ホモ・サケル」シリーズの一冊。大量消費社会を超え、生政治にも取り込まれることのない「到来する共同体」に向けてのケーススタディ的著作。イエスのように生きようとしたアッシジのフランチェスコとその後継者としてのフランシスコ会の修道士たちを中心…

ジョルジョ・アガンベン『残りの時 パウロ講義』(原著 2000, 訳:上村忠男 岩波書店 2005)

ベンヤミンやショーレムを参照しながらパウロの書簡におけるメシア的なもの・メシア的な時間について考察した短期集中講義録。メシア的な時間とは「過去(完了したもの)が現勢化していまだ完了していないものとなり、現在(いまだ完了していないもの)が一…