読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

日本の小説

柏倉康夫『評伝 梶井基次郎 ―視ること、それはもうなにかなのだ―』(左右社 2010)

マラルメの研究・翻訳で多くの著作を持つ元NHKキャスターで放送大学教授でもあった柏倉康夫が25年の歳月をかけて書き上げた大部の梶井基次郎伝。多彩な人物のライフワークのひとつであろう。こだわりを持っている対象ではあろうが、著者の多才さゆえに…

山口晃『親鸞 全挿画集』(青幻社 2019)

五木寛之作『親鸞』三部作の新聞連載時に挿画として書かれた全1052点に、山口晃の書下ろし絵解きコメントをつけた全696頁におよぶ大作。カット、漫画、版画調あるいは判じ絵などの様々な表現技法によって、その時々の作画情況と該当するテキストの解…

高橋源一郎訳の『方丈記』

河出書房新社から出ている池澤夏樹個人編集の日本文学全集では古典作品を現代の小説家がかなり自由に翻訳している。そのなかで『方丈記』を高橋源一郎が翻訳しているということなので、読んでみることにした。いったんは図書館の書棚から手に取ってみて、表…

<未決のまま>激動の16世紀フランスの中枢領域に生きた人、モンテーニュの伝記小説 堀田善衛『ミシェル城館の人』(集英社) 第一部「争乱の時代」(1991), 第二部「自然 理性 運命」(1992), 第三部「精神の祝祭」(1994)

モンテーニュの「エセー」と伝記小説である『ミシェル城館の人』のどちらを先に読むべきかというと、モンテーニュの「エセー」を先に読んでおいた方が『ミシェル城館の人』も「エセー」自体も楽しめると私は思う。 理由としては、「エセー」では語られていな…

千葉雅也の小説二冊『デッドライン』(新潮社 2019)『オーバーヒート』(新潮社 2021)

私小説。標準的で規範的なものの抑圧に対するマイノリティ(ホモセクシャル)側からの抵抗と困惑の表明。「仮固定」「偶然性」「意味がない無意味」「無関係性」「分身」「生成変化」など千葉雅也の哲学書で語られている概念が、学生時代(『デッドライン』…

安藤礼二『霊獣 「死者の書」完結篇』(新潮社 2009) 作者安藤礼二は熱狂と冷徹を兼ね備えた異能の憑依者であると思う

空海を主人公に迎えた折口信夫未完の小説『死者の書 続編』を批評的にたどり直した一冊。 未完の物語を引受けた小説を期待して読むと場違いなことに気づく。※水村美苗の漱石『明暗』に対するアプローチとは異なる続編作家としての引き受け方を提示している。…

堀田百合子『だだの文士 父、堀田善衞のこと』(岩波書店 2018)

娘の眼に映った作家堀田善衞の仕事と日常。 田植えをするように夜中にお気に入りの万年筆でトントンと原稿用紙を埋めていく堀田善衞が印象的。 一日五枚、2000字を積みあげて、堅牢であるが陽当たりも風通しもよい質の高い大作を次々に生み出していった…

堀田善衞『若き詩人たちの肖像』(新潮社 1968, 集英社文庫 1977)

1936年(昭和11年)の二・二六事件前夜から1943年(昭和18年)11月15日召集の召集令状が届くまでの予科を含めて大学生活約8年間を描いた自伝的長編小説。 父の代で家が没落してしまった北陸の廻船問屋に生まれ育ち、北陸旧家に受け継がれて…

堀田善衞『路上の人』(新潮社 1985, 徳間書店スタジオジブリ事業本部 2004)

ジブリの鈴木敏夫プロデューサーが堀田作品の中でいちばん好きだという小説『路上の人』。そのことを作者本人に伝えたところ映画化権をあげると言って、もらっている状態のジブリ。いまのところ実現されていないが、アニメーションになったらどうなるだろう…

富山県高志の国文学館編『堀田善衞を読む 世界を知り抜くための羅針盤』(集英社新書 2018 著者:池澤夏樹, 吉岡忍, 鹿島茂, 大高保二郎, 宮崎駿)

『方丈記私記』『定家明月記私抄』『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』『別離と邂逅の歌』『堀田善衞詩集 一九四二~一九六六』と堀田善衞の作品を読みすすんできて、次は何を読もうかということと、他の人はどんな風に読んでいるのかを知りたくて手に取った一冊…

黒井千次『老いるということ』(講談社現代新書 2006)

黒井千次の「老い」シリーズ新書作品のおそらくいちばん最初の作品。他三作は中公新書、(現時点で未読の)『老いのかたち』(2010)『老いの味わい』(2014)『老いのゆくえ』(2019)。 本書はNHKラジオの「こころをよむ」の2006年第1四半期放送分…

詩人としての堀田善衛 その1『別離と邂逅の歌』(作品執筆時期 1937-1945, 編纂草稿 1947, 集英社刊 2001)

遺稿整理から発見された、第一次戦後派作家というようにも分類される作家、堀田善衛の、主に戦中の20代に書かれた詩作品。死と隣り合わせに生きていた世界戦争の時代における、生々しい精神の記録としても、読み手の心に響いてくる詩作品。 大学時代から、…

【金井美恵子を三冊】『岸辺のない海』(中央公論社 1974, 日本文芸社 1995, 河出文庫 2009)、『柔らかい土をふんで、』(河出書房新社 1997, 河出文庫 2009)、現代詩文庫55『金井美恵子詩集』(思潮社 1973)

不遜な作家の不遜な小説。 ロラン・バルトやフランスのヌーヴォー・ロマンに影響を受けつつ、書くことをめぐって書きつづける、日本にあっては稀有なスタイルを持つ小説を生みだしている金井美恵子。『柔らかい土をふんで、』が1997年出版なので、おおよ…

堀田善衛『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』(集英社 1998 集英社文庫 2005)

小説。 『箴言録』で有名なラ・ロシュフーコーが残した『回想録』の体裁にならって(単行本p398参照)、ラ・ロシュフーコー公爵フランソワ六世が語り手となり、三人称形式と一人称形式を混ぜ合わせながら、ラ・ロシュフーコー家の歴史と十七世紀フランスを中…

中島敦(1909-1942)の遺作「李陵」と典拠の中国古典

『文選 詩篇 (五)』で李陵と蘇武の作とされる漢詩を読んで、中島敦の「李陵」が気になりだしたので、典拠として挙げられている中国の古典とともに久しぶりに読んでみた。高校以来だろうか。「李陵」の主要な登場人物は前漢第七代皇帝武帝が北方の匈奴と攻…

『樋口一葉小説集』(ちくま文庫 2005)憂い悲しみながら生きている

さきほど給湯器が壊れてお湯が出なくなった。風呂を沸かした直後で風呂には入れるので、まあついているといえばついている。正月休みも明けているので、明日になれば管理会社に連絡が取れるのも、ついているといえばついている。かたちあるものは古びて壊れ…

【ハイデッガーの『ニーチェ』を風呂場で読む】06. 戦闘 ハイデッガーのきな臭さ

ハイデッガー『ニーチェ』の原書は1961年の刊行。実際に講義が行われたのは1936~1937, 1939, 1940の期間。ナチスとは距離をとったと言われている時期ではあるが、どうにもきな臭い。 プラトニズムと実証主義における真理 ニーチェがニヒリズムの根本経験か…

松浦寿輝『波打ち際に生きる』(羽鳥書店 2013)

松浦寿輝の東京大学退官記念講演と最終講義をまとめた一冊。読後に襲ってきたのは不安感。到底この人の域には行きつけないのに、なに読んでいるんだろうという無力感みたいなものが湧いてきた。才能があるのに何故日本では輝いて幸福そうには見えないのかと…

大江健三郎『読む人間』(集英社 2007, 集英社文庫 2011)

大江健三郎の読書講義。 2006年に池袋のジュンク堂で行われた6本の講演と、同じく2006年に映画「エドワード・サイード OUT OF PLACE」完成記念上映会での講演に手を入れて書籍化したもの。執筆活動50周年記念作。 現代日本の読書人であれば一冊くらい大江健…

横書きでも鑑賞可能な吉田一穂の詩と縦書きでしか鑑賞できない高柳重信の俳句

こだわりの強い吉田一穂ファンのサイバースペース上での発言には「横書きの吉田一穂なんて耐えがたい」というものが結構多いけれども、私の個人的意見としては、そんなものですかねという程度。『古代緑地』で30度のポールシフトの影響度の強さを語ってい…

高橋源一郎『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』(2018)

高橋源一郎は昔から気になる作家だ。小説に関してはほぼ全部読んでいるんじゃないかと思う。で、久しぶりにいい高橋源一郎作品を読んだような気になった。三度目の離婚以降の作品(『あ・だ・る・と』)あたりから何となく低調な感じがしていたけれど、今回…

大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人

大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人 bookclub.kodansha.co.jp 偉大な読み手二人による対談。批評家(哲学者)と小説家という違いはあれ、読み、それによって書くことを深めていった二人の人間の大きさを改めて体感した。 中野重治のエチカ 1994/…

水上勉 『良寛』

水上勉良寛1984 徳川の支配の仕組みに組み込まれた宗門を批判的に見る清らかさはあったが、僧としての資質には傷があったという視点から良寛が語られている。曹洞宗の僧良寛というよりも、家を捨て、宗門を捨て、文芸に生きようとした人間山本栄蔵の一生を、…