読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

日本の近現代詩

『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』(左右社 2022)

歌人としてのデビューが1997年。それから25年、一貫して商業出版で短歌に携わってきた1968年生まれの現代口語歌人の集大成。収録歌数355首ときわめて寡作。そのわりに作風が重たいわけでもなく、作品ごとに大きな変化があるわけでもない。世界…

高橋陸郎『語らざる者をして語らしめよ』(思潮社 2005)

古事記を核に論じた日本の神話と詩の発生に関するエッセイ「神話の構造のためのエセー」(現代詩手帖 1979.11)と0年代に物された連作詩篇「語らざる者をして語らしめよ」のカップリングの一冊。矮小でありながら超越し、超越していながらきわめて矮小な日本…

『矢内原伊作詩集 1941~1989』(思潮社 1994)

みすず書房の『完本 ジャコメッティ手帖』をちょっとずつ読みすすめているうちに詩人としての矢内原伊作の作品にも目を通しておこうと思い手に取った一冊。サルトルの実存主義などを学びにフランスに留学しているときにジャコメッティと出会い、長い時間モデ…

管啓次郎『一週間、その他の小さな旅』(コトニ社 2023)

管啓次郎は現時点で65歳、明治大学大学院教授、ミネソタ大学アジア中東研究学科客員主任教授で詩人。今もっとも生産的で注目されている詩人のひとりであるだろう。文書空間と現実世界、動物や昆虫や樹木がいる自然界と人間界とを、行ったり来たりというか…

松浦寿輝『詩の波 詩の岸辺』(五柳書院 2013)

1999年から2011年にかけて書かれた松浦寿輝による日本の現代詩への誘いの文章。 2009年度第17回萩原朔太郎賞受賞作でもある自身の詩集『吃水都市』を含めて、本書で取り上げられている詩集や詩人は、詩歌文芸にすこしでも関心のある読者にとっ…

堀口大學訳『月下の一群』(初版 1925, 岩波文庫 2013)

大正14年9月、10年ほどの間に訳しためていたフランスの最新の詩人たちの詩を集めた大部なアンソロジー。66人339篇にわたる訳業は、まとめるにあたっては、フランスの最新の詩の動向を伝えることはもちろん、日本語における詩の表現の見本となるこ…

笹井宏之(1982-2009)の歌集三冊:『ひとさらい』(Book Park 2008, 書肆侃侃房 2011) 、『てんとろり』(書肆侃侃房 2011) 、『えーえんとくちから』(PARCO出版 2011)

2009年、26歳という若さで惜しまれつつ亡くなった歌人笹井宏之。先日NHKでドキュメンタリーの特集「いまも夢のまま 15年目の笹井宏之」が放映されていたということをネット上のニュースで知り、番組自体は未見にもかかわらず、気になり歌集を手に…

『田中裕明全句集』(ふらんす堂 2007)

俳句には季語がある。その季語が分かっていないと読んでも何のことだかわからないということが起こる。調べながら読んだりもするのだが勢いをそがれるのでわからないからといって全部調べるというわけにもいかない。穴惑、つちふる、生御魂などは調べた。漢…

『北村太郎の全詩篇』(飛鳥新社 2012)

生前刊行の全13詩集と未刊詩篇と詩劇1篇。反自然としての人間を詠う詩人。 物欲、心欲はなくなるはずがなくヒトの、ぼくたちの怪物性はいよいよ彩りゆたかになり、矛盾の垣根の無限につづく道ばたで、あいそよく頭を下げあう(「すてきな人生」より) 詩…

塚本邦雄『秀吟百趣』(講談社文芸文庫 2014, 毎日新聞社 1978)

塚本邦雄が案内する濃密な近現代の短詩型の世界、短歌と俳句を交互に取り上げ103の作品とその作者を紹介鑑賞している。昭和51年から52年にかけて2年間にわたって週刊の「サンデー毎日」に連載していた原稿がベース。詩歌アンソロジー編纂に長けた博…

水原紫苑『客人(まらうど)』(沖積舎 2015, 河出書房新社 1997)

水原紫苑の第三歌集を18年の時を経て新版再刊行したもの。文語での歌作を貫く古典派の歌人。能楽にも造詣が深く、関連する歌は本書にも多く採られている。30代最後の歌集と考えて読むと、若い感覚の歌が多い。作為を感じさせるものも結構あって、とりわ…

藤富保男の詩集三冊 ナンセンスはセンスの脇をなるべくぶつからないように配慮しながらすみやかに通り過ぎる

E.E.カミングス(英語)とエリック・サティ(フランス語)の翻訳者というところからも一般常識にはおさまりがたそうな構えを見せている藤富保男の本職、日本の現代詩人としての姿をすこし追ってみた。 1.『現代詩文庫57 藤富保男詩集』(思潮社 1973)…

小笠原鳥類の詩集三冊 ナンセンスのセンス

小笠原鳥類、変な名前の詩人。 21世紀の日本現代詩の世界では無視することのできない詩人であるという認識はあったものの、実際に書店で彼の詩集を手に取ってみると、これはキワモノかという思いに駆られ、自腹を切ることに躊躇したことの記憶がわりと鮮明…

谷川俊太郎『虚空へ』(新潮社 2021, 装画:望月通陽)

谷川俊太郎、88歳から89歳にかけて書かれた新作の十四行詩、88篇。 短い行脚で、繰り返し読んでいると、息継ぎのリズムが心の芯に染み透ってくるような、静かで清められた言葉の力を感じる。 最長で11字、「沈黙を抱きとめる夕暮れ」「決してなくな…

『マチネ・ポエティク詩集』(水声社 2014)

マチネ・ポエティクとは、太平洋戦争中の1942年に、日本語による定型押韻詩を試みるためにはじまった文学運動。詩の実作者としては福永武彦、加藤周一、原條あき子、中西哲吉、白井健三郎、枝野和夫、中村真一郎が名を連ねている。後に散文の各分野にお…

『安藤元雄詩集集成』(野村喜和夫解説 水声社 2019)

安藤元雄がボードレールの『悪の華』を全訳したのは意外に遅く、1981年47歳の時で、自身の詩人の活動はそれよりだいぶ早く、1953年東大教養学部に入学し、学内の詩人サークルで入沢康夫や岩成達也などと知り合ったのち、シュペルヴィエルを卒論で…

『自選 串田孫一詩集』(彌生書房 1997)

新潮美術文庫43『ブラック』の串田孫一の解説が歯切れがよく自分の鑑賞を自信をもって打ち出しているところが爽快だったので、詩人としての作品を読んでみることにした。散文と同じく小気味よく晴れ上がったような表現が基本で、さっぱりしている。表記は…

池澤夏樹の詩

詩を書くことから文筆の世界に入って、後に小説家に転身、詩から離れるものの、『池澤夏樹詩集成』で過去の詩集を集めて再刊行したあたりから、継続して詩作をつづけてきた池澤夏樹。その詩作のほぼ全体を、三冊の詩集で読み通してみた。 1996年に書肆山…

高橋睦郎『深きより 二十七の聲』(思潮社 2020)

西欧の詩歌が輸入される以前の日本の旧体の詩歌がいかなるものか、またいかなる人たちの手になるものか、降霊術の体裁を借りた故人の語りを詩として提示した後に、高橋睦郎による詩人の評釈が加えられ、日本の詩歌の頂きを過去から現代へ向けて、ほつりほつ…

有田忠郎『光は灰のように』(書肆山田 2009)

多田智満子とともにサン=ジョン・ペルスの訳者である有田忠郎。いずれも詩人で、いずれも異なる作風であることが、いちばん気にかかる。 ある程度の分量になる場合、書くということは、書き手の本質を浮かび上がらせずにはおかない、ということに気づかせて…

『阿部弘一詩集』(思潮社現代詩文庫152 1998)

フランシス・ポンジュを師と仰ぎ、訳者として日本への導入に功績のあった阿部弘一は、詩誌「貘」を活動拠点とする日本の現代詩人でもあった。1998年に刊行された思潮社の『阿部弘一詩集』には、それまでに刊行された三冊の詩集全篇と第一詩集刊行前後の…

多田智満子の遺稿からの作品集二冊『多田智満子歌集 遊星の人』(邑心文庫 2005)、『封を切るひと』(書肆山田 2004)

多田智満子(1930 - 2003)と関係の深い、文芸詩歌上の弟と自ら規定する高橋睦郎(1937-)が、故人に生前託された遺稿からの作品集刊行に応えた二冊。まず葬儀参列時に手渡された遺句集『風のかたみ』と告別式式次第に掲載された新作能「乙女山姥」があり、こち…

『富澤赤黄男全句集』(沖積舎 1995)

昭和前期の俳句革新運動である新興俳句運動の作家のなかでも、新たな俳句スタイルを求めてもっとも果敢に変化していった俳人が富澤赤黄男である。文芸の世界での探究努力は、必ずしも優れた成果に結びつくわけではないが、たとえ先細り、道に迷うようなこと…

永田耕衣『永田耕衣俳句集成 而今・只今』(沖積舎 2013)

1934年(昭和9年)刊行の処女句集『加古』の「日のさして今おろかなる寝釈迦かな」から1996年(平成8年)齢97歳で主宰する琴坐俳句会を閉じるにあたって最終掲載された自筆最終俳句「枯草の大孤独居士ここに居る」までの約5000句を収めた永…

西脇順三郎の日本語の詩を通しで全部読んでみる(一回目)

生前刊行された15冊分の詩集と未刊詩篇、拾遺詩篇、依頼によって書かれた校歌、自作の欧文詩篇の本人による訳詩まで、完成している日本語作品をはじめてとおして読んでみた。軽い仕上がりで、スピード感をもって読みすすめることができるのは、西脇順三郎…

管啓次郎の連作詩集 アジャンダルスを三冊

世界を構成する四元素、地水火風が詩人をいかにつらぬき、いかに造形するかを、実践的にとらえようとする詩的創造の試み。16行のソネット形式の作品を64篇を重ねて一冊とし、4年4冊で完結させた意欲的連作詩集。 Agend'Ars 左右社 2010島の水、島の火 …

『馬場あき子全歌集 作品』(KADOKAWA 2021)

馬場あき子の仕事のなかでは、評論の『式子内親王』(1969年)、『鬼の研究』(1971年)のほか、謡曲に関するいくつかの本など、韻文よりも散文に接することのほうがこれまでは多かったのだが、全歌集というまとまった本を見つたのを機会に、韻文作品をひととお…

思潮社現代詩文庫200『岡井隆詩集』(思潮社 2013)

日本の詩歌は長歌と短歌からはじまって日記文学や各種物語文学そして芭蕉の紀行文へとひろがりを見せたのち西洋近代詩の影響を受けた口語自由律をも併存させるようになっているのであるから、昭和平成期歌人の岡井隆が現代的に短歌形式を取り込んだ実験的詩…

岡井隆『文語詩人 宮沢賢治』(筑摩書房 1990)と宮沢賢治の文語定型詩

宮沢賢治は短歌から表現活動をはじめ、最晩年は病の中文語詩に集中していた。本書は、童話作品や心象スケッチ『春と修羅』などの口語作品に比べて読まれることの少ない賢治の文語作品は賢治にとってどのような意味があったのか、また、賢治の文語作品が書か…

岡井隆『詩の点滅 詩と短歌のあひだ』(角川書店 2016)

角川刊行の月刊誌『短歌』に2013年から掲載された連載評論25回分をまとめた著作。80代後半の著述。年季が入っているのに硬直化していない探求心がみずみずしい。 長きにわたり実作者として詩歌や評論を読みつづけてきた技巧と鑑賞眼から新旧の作品を…