読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の古典

ウェルギリウス『牧歌・農耕詩』(河津千代訳 未来社 1981)

『アエネーイス』のほかでウェルギリウス(B.C.70 - B.C.19)の代表作とされる二作の日本語訳。訳者である河津千代は本来は児童文学作家で、著作『詩人と皇帝』(アリス館 1975 未読)で初代皇帝アウグストゥス=オクタヴィアヌスと詩人ウェルギリウスとの関…

岩崎宗治編訳『ペトラルカ恋愛詩選』とダンテの詩作

ダンテは9歳の時に同い年のベアトリーチェに出会い、以後の美と聖なるものの方向性が決定した。22歳のペトラルカは1327年4月6日、永遠の愛の対象となるラウラに出会い、以後の詩作の核となるものが刻印された。ダンテとペトラルカは愛すべき対象を…

宇佐美斉訳『ランボー全詩集』(ちくま文庫 1996 ) 陶酔と忍耐

京大名誉教授で仏文学者である宇佐美斉のランボーは、先行する訳者、たとえば小林秀雄や中原中也などと比較すると、だいぶ穏当な表現になっていて、情動に訴えかけるという面ではすこし物足りないところもあるのだが、フランス近代詩の早熟の天才の感性と令…

セネカ『神慮について』( 原著 64, 岩波文庫 1980 )神々と人間が水平にいる世界観

『神慮について』は茂手木元蔵訳の岩波文庫旧版『怒りについて』に収録されている一篇。東海大学出版会の『道徳論集』にも収められている。 「神慮について」の原題は"De Providentia"。「神慮」は「摂理」とも訳される神学用語。セネカが神を語るときに想定…

オリヴィエ・コーリー『キルケゴール』(白水社文庫クセジュ 1994)異質な世界を観ている人の世界観への案内

歴史に残る偉人というものは、凡人からみればみな変態で、消化しきれないところがあるからこそ意味がある。異物感、異質感。複雑すぎて味わいきれないニュアンス、踏み入ることのできない単独性を帯びた感受性の領域を持つ人間の観ている世界。おそらく消化…

集英社 漢詩体系17 蘇東坡(1037-1101)(訳・解説 近藤光男 1964年一刷発行 )どこに行っても言葉に不自由しない苦吟と無縁の詩人の業績

蘇軾。中国北宋の人。政治家としては守旧派、詩人としてはどの地域のどの主題にも対応できる万能の人。書家、画家としても優れ、音楽も能くする。革新派との政治的な勢力争いの中で、左遷と地位回復を繰り返した人生の中での詩作。66年の生涯で、2714…

中島敦(1909-1942)の遺作「李陵」と典拠の中国古典

『文選 詩篇 (五)』で李陵と蘇武の作とされる漢詩を読んで、中島敦の「李陵」が気になりだしたので、典拠として挙げられている中国の古典とともに久しぶりに読んでみた。高校以来だろうか。「李陵」の主要な登場人物は前漢第七代皇帝武帝が北方の匈奴と攻…

セーレン・キェルケゴール『死に至る病』(原書 1849 講談社学術文庫 2017)絶望の反対は希望でなく信仰

副題は「教化と覚醒のためのキリスト教的、心理学的論述」。『キリスト教の修練』と併せて当時のデンマーク国教会(キリスト教プロテスタントのルター派の教会)の批判の書として書かれている。時代が異なる異教徒が読む必要があるかどうかという視点では、…

『文選 詩篇 (六)』(岩波文庫 2018)人が動けば人ごとに現われる文様

第六巻は最終巻、引き続き雑詩、雑擬と、先行作品を参照した模擬詩を中心に、さまざまな詩形と内容の詩が収録されている。雑擬は文選のなかに摸倣詩によるアンソロジーが組み込まれているような感じ。 江淹(444-505) 阮步兵 詠懷 籍 靑鳥海上遊鸒斯蒿下飛…

『文選 詩篇 (五)』(岩波文庫 2018)書類に沈む人生と詩

第五巻は楽府、挽歌、雑歌、雑詩を収録。雑歌、雑詩に於いて詩に詠われるもののバリエーションが増え、具体的な日常の様子が詠いこまれるものも現われる。1800年前の事務職従事者の憂いと詠嘆は、今の時代と何ら変わらない。変わってもよさそうなものだ…

『文選 詩篇 (四)』(岩波文庫 2018)無文字から微・風・吹・閨・闥・羅・帷・自・飄・颺

第四巻は贈答、行旅、軍戎、郊廟、楽府の詩を収録。左遷や離別などの憂愁を詠ったものが多く、身近に感じることのできる詩が多い。特に民間の歌謡とそれを模した歌謡詩を収めた「楽府」の詩は繰り返し読める。 傷歌行 昭昭素明月輝光燭我牀憂人不能寐耿耿夜…

『文選 詩篇 (三)』(岩波文庫 2018)風雅と野蛮の贈答詩

第三巻は贈答の詩。詠い手は皇帝と高級官僚とその取巻き。詩句の後ろに政治的駆け引きや利害関係が隠されているものもあって、注釈などと読み合わせると非常に生臭いものであったりもする。アドルノは「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」と…

カール・マルクスの学位論文『デモクリトスの自然哲学とエピクロスの自然哲学との差異』(原書 1841)と七冊のノート 渦巻きとクリナメンとダイモン

マルクス、二十三での哲学博士取得論文。たんに自己意識の平静を目的としており実証的に観察し考察された学説ではないと批判されてきたエピクロスの自然哲学を、原子概念における形式と質量あるいは本質と現存在との無矛盾性という視点から哲学的に再評価す…

オーギュスト・コント『ソシオロジーの起源へ』(原書 1854, 白水社 杉本隆司訳 2013)マルクス、ウェーバー、デュルケムも読んだ社会学の祖の著作

社会学者見田宗介(真木悠介)の本を三冊連続で読んだところで、社会学のはじまりを知っておくために社会学 sociologie という言葉自体の生みの親、オーギュスト・コントの著作を読んでみた。見田宗介の本にはウェーバーやデュルケムへの言及はあってもコン…

【モンテーニュの『エセー』つまみぐい】03. 荒木昭太郎訳で 3-13, 2-10 繊細な精神で清濁併せ呑むモンテーニュ

『エセー』最終章「経験について」(3-13)。モンテーニュ56歳に書いたことがうかがわれる記述が見える。病を得、身体の老いも目に見えてくるなか、いたずらに抵抗することなく、自身の運命とともに人生をゆっくり歩むことを、しずかに淡々と諭すように書…

【モンテーニュの『エセー』つまみぐい】02. 荒木昭太郎訳で 3-9, 1-8, 1-4, 1-1 むなしさが似つかわしくないモンテーニュ

ひきつづき中央公論社『世界の名著 19 モンテーニュ』荒木昭太郎訳。 空しさについて、自分を対象にして思いをめぐらすと、空しさに暴れまわられてしまうので気をつけないといけないと思っている。充実感がないこと、無能さに目が向いてしまうことなど、こう…

廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫 1997)古代ギリシア哲学へのすぐれたガイド

ソクラテス以前の哲学者のテクストを読んでおこうと検索してヒットした著作。はじめの210ページが廣川洋一による解説。ついで150ページが各哲学者の残存テクストの日本語訳。断片的なものから思想の核心と各哲学者の思索の違いの意味を読み取っていく…

原二郎『モンテーニュ 『エセー』の魅力』(岩波新書 1980, 特装版 岩波新書・評伝選 1994) 正統的評伝によるモンテーニュの思想入門

現在最新の宮下志朗の一代前の『エセー』完訳者、一番流通しているであろう岩波文庫版『エセー』翻訳者によるモンテーニュの評伝。生涯と思想という括りできっちり語られているので、重量感はこちらのほうが宮下志朗『モンテーニュ 人生を旅するための7章』…

宮下志朗『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(岩波新書 2019) 執筆期間20年、総ページ数2400超の『エセー』をゆるくつまんでみませんかという訳者からのお誘い

宮下志朗は『エセー』のあたらい翻訳者。みすず書房の抄訳、白水社の全訳を経ての、岩波新書での導入ガイド。しっかりした分量の引用が多く、解説もしっかりしているので、いいとこどりの名所ツアーに参加しているような気分になる。宮下志朗も親しみやすい…

ヘーゲル『哲学入門』(ニュールンベルクのギムナージウムでの哲学講義 1809-1811, 武市健人訳 岩波文庫版第1刷 1952) 旧字で避けられてしまうのはもったいない優れた訳業

哲学界の大物ヘーゲルの著作にしては珍しくコンパクトにまとまっているこの著作の中身確認で、好奇心から1952年第1刷発行の岩波文庫ヘーゲル『哲学入門』の不特定ページを開いてみると、旧字の物々しさに「やっぱりダメかも」とたじろいでしまう人も多…

川村二郎、小笠原豊樹 編『世界詩人全集 22 現代詩集Ⅲ ドイツ・ソヴェト』(新潮社 1969)20世紀前半の動乱の中で詠ったギリギリの詩

20世紀のドイツとソヴィエトの詩人のアンソロジー。ドイツは第一次世界大戦とナチスに、ソヴィエトはロシア革命によって人生を翻弄された時代の詩人たちとなる。ドイツの詩が観念的で精神世界が描出されるような傾向があるのに対し、ソヴィエトの詩は大地や…

筑摩世界文学大系3で読むプラトンのソクラテス対話篇7篇 対話相手と訳者の違いで人物の印象が異なるソクラテス

「ソクラテスの弁明」以外の7篇の簡易読書メモ。いくつかの青年相手の対話篇では、ソクラテスのことばの調子が艶めきを秘めている。ホモセクシャルな雰囲気が標準的な古代ギリシア世界で知的対話を通しての秘かな誘惑の実践が描かれているともいえる。愛を…

新潮社世界詩人全集12『ディキンソン、フロスト、サンドバーグ 詩集』(新潮社 1968)

ディキンソンの高潔清廉、フロストの荒涼残酷、サンドバーグのいじらしさ。記憶の引っ掛かりとしてのキャッチフレーズをつけるとしたら、今回はこんな感じになるかなと思った。 本書を読んだきっかけは、ロバート・フロストの詩を日本語訳でたくさん読みたい…

フランチェスコ・ペトラルカ『わが秘密』(岩波文庫 1996, 近藤恒一訳)

およそ思慮も節度も欠けることがらを思慮で治めるなんて できない相談。 テレンティウス(第三巻 三「愛の治療法」p198) 精神的危機に襲われた自分の魂を救済するため、出版の意図なくただ自分のために書かれた対話篇。真理の女神に呼び出されたアウグステ…

エリオット『荒地』(1922)の日本語訳比較

※現在 6種掲載(2021/05/01に吉田健一訳、徳永暢三訳を追加) エリオットの『荒地』はもしかしたら一番多くの人の手によって日本語訳された作品かも知れない。 これまでに原文も作者による音読も、つたない英語力ながら何回か視聴したことはある。エリオッ…

ウィリアム・エンプソン『曖昧の七つの型』(原書1930, 1953 岩波文庫 2006)

批評は科学というよりも芸道で、学んだからといって誰もが道具や技術を獲得できるわけでなく、読解のセンスがものをいう。だから批評自体が面白く、扱っている対照が魅力的に見え、読者に自分も読んでみたいと思わせることができたら成功だ。エンプソンの『…

ウィリアム・シェイクスピア『尺には尺を』(小田島雄志訳 白水Uブックス)

エリオットの「ゲロンチョン」のエピグラフがシェイクスピア『尺には尺を』の第三幕第一場の公爵のセリフからだったので、全体も読んでみた。 Thou hast nor youth nor ageBut as it were an after dinner sleepDreaming of both. [思潮社 エリオット詩集で…

ギュスターヴ・フロベール『三つの物語』(原書1877, 蓮實重彦訳 1971)

フロベールの『三つの物語』を講談社世界文学全集の蓮實重彦訳で読む。「純な心」「聖ジュリアン伝」「ヘロデア」の三篇。ともに死を扱うフロベールの表現力・描写力の生々しさに驚く。以下引用箇所は、本編を読む楽しみを削ってしまわないよう一番の核心部…

柳瀬尚紀『ユリシーズ航海記 『ユリシーズ』を読むための本』(河出書房新社 2017)

一九九六年、岩波新書で発犬伝『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』が刊行されて二〇年、柳瀬尚紀訳『ユリシーズ』は完結することなく残されてしまった。発刊当時に読んで、今回二度目の通読となり、また、他のエッセイ、最後の完成訳稿である第十七章「イタ…

ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』(原書1914, 柳瀬尚紀訳 2009 新潮文庫)

読み通して残る印象および感想は、「これらの不如意、どう処理したらいいものか」という表現対象に対しての困惑と、表現対象を刻印させるジョイスの描写表現能力に対する敬意と憧れ。困惑は描かれたダブリンの冷え冷えとした重さ、暗さへのある種の近づきが…