読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の古典

『ドレの失楽園』(原作:ジョン・ミルトン、翻案:谷口英里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ 宝島社 2010)

創造神による独裁的な統治に反乱を企てた革命戦士としての堕天使ルチフェルを描いたミルトンの『失楽園』を更に翻案しドレの挿画とともに谷口英里也が新たな息吹を吹き込んだ作品。原作と翻案作品とのあいだにどれほどの差があるのかは改めて比較してみない…

監修:宇野邦一+鈴木創士、訳:管啓次郎+大原宣久『アルトー後期集成Ⅱ 手先と責苦』(河出書房新社 2016)

明晰と錯乱の混淆した類いまれな作品。アルトーが生前に構想していた最後の作品は、長期間におよぶ精神病院収用の最後の数年間に書かれた書簡と詩的断章からなるもので、妄想と呪詛が現実世界に対して牙をむいている。全集編者による推奨の短文に「アルトー…

佐藤直樹監修『ヴィルヘルム・ハマスホイ 沈黙の絵画』(平凡社コロナ・ブックス 2020)とリルケの『マルテの手記』

実現するにはいたらなかったがリルケがロダンに次いで作家論を書こうとしていたのが本書で紹介されているデンマーク・コペンハーゲンが生んだ特異な象徴主義の画家ヴィルヘルム・ハマスホイ。「北欧のフェルメール」とも言われるハマスホイであるが、フェル…

宇野邦一訳 サミュエル・ベケット『どんなふう』(原著 1961, 河出書房新社 2022)+片山昇訳『事の次第』(白水社 2016)

小説としては前期三部作『モロイ』(1951)『マロウンは死ぬ』(1951)『名づけえぬもの』(1961)に次ぐストーリー解体後の後期モノローグ作品の端緒となる最後の長篇といえる作品。もっとも読まれ、もっとも知られてもいるだろう戯曲『ゴドーを待ちながら』(1952…

アンドレ・ブルトン+アンドレ・マッソン『マルティニーク島 蛇使いの女』(原著 1948, 松本完治訳 エディション・イレーヌ 2015)

第二次世界大戦下のフランス、1940年6月ナチスドイツの侵攻によりパリが陥落したのち、ナチスの傀儡であるヴィシー政権が成立、危険な無政府主義者たちあるいは退廃芸術家と目されていたシュルレアリストたちは、アメリカへの亡命を余儀なくされた。本…

アウグスティヌス『神の国 (一)』(服部英次郎・藤本雄三訳 岩波文庫 1982)

アウグスティヌスの主著、正式名称『神の国について異教徒を駁する』全22巻のうちローマ陥落をめぐる保守勢力のキリスト教批判への対抗としてローマ帝国に内在していた問題をめぐって書かれた第1巻から第5巻までを収めている。神話の神々とその祭祀、ス…

沓掛良彦訳 エラスムス『痴愚神礼讃 ラテン語原典訳』(原著 1511, 中公文庫 2014)

意図することなく宗教改革の火付け役のひとつともなった作品。軽いようでいて、現状回復不能にしてしまう、パロディの掘り崩す力を、沓掛良彦によるラテン語原典からの新しい翻訳ですっきり楽しめる。五百年前の古典作品ではあるが、友人のトーマス・モアの…

山田晶『アウグスティヌス講話』(新地書房 1986, 講談社学術文庫 1995)

京都北白川教会で1973年に行われた講話6篇をベースに編纂されたアウグスティヌスのキリスト教一般信徒向けの研究。第1話は中央公論社「世界の名著」シリーズのアウグスティヌスの解説「教父アウグスティヌスと『告白』」(1968)でも強調されているアウグス…

新倉俊一編 西脇順三郎コレクションⅢ『翻訳詩集 ヂオイス詩集(ヂオイス)/荒地/四つの四重奏曲(エリオット)/詩集(マラルメ)』(慶応義塾大学出版会 2007)

語学の天才という評価を誰も否定できない井筒俊彦の語学の先生が西脇順三郎。 専門は英文学だけれど、世界を相手にしたモダニズム、ダダイスム、シュルレアリスム運動の中心人物・かけがえのない詩人という側面もあって、19世紀フランス象徴派の代表的詩人…

寿岳文章訳のダンテ『神曲』

ダンテの『神曲』を粟津則雄が推奨していた寿岳文章訳で読んだ。単行本の刊行は1974-76年、この訳業により1976年の読売文学賞研究・翻訳賞を受賞している。私が今回手に取ったのは集英社ギャラリー[世界の文学]1古典文学集。イタリア文学者河島英昭によるダ…

服部英次郎『アウグスティヌス』(勁草書房 1980, 新装版 1997)

岩波文庫のアウグスティヌスの翻訳は『告白』『神の国』ともに服部英次郎の手になるもの。 私は中央文庫の山田晶訳『告白』全三巻を読んでアウグスティヌスに興味を持ち、近くの図書館でいちばん手間のかからない解説書であったという理由で本書を手に取った…

ジャコモ・レオパルディ『断想集』(國司航佑訳 幻戯書房 2020)

本日12月9日は106回目の漱石忌。レオパルディの『断想集』からの引用がある漱石の『虞美人草』の該当箇所である第15話と第17話の抜粋が併録されていたために、はからずも知ることとなった忌日。漱石が亡くなったのは49歳。『虞美人草』は職業作…

『ドレの神曲』(原作:ダンテ、訳構成:谷口英里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ 宝島社 2009)

視覚芸術において革命的なメディアとして十九世紀に登場した挿画本で活躍し、その初期において技術的な完成度としてひとつの頂点に達していたギュスターヴ・ドレ。本書はダンテ『神曲』のために作成された140点近い版画作品をすべて刊行当時のオリジナル…

福田昇八訳 エドマンド・スペンサー『韻文訳 妖精の女王』(原著 巻1~6 1596, 巻七の無常二篇は死後出版 1609, 九州大学出版会 2016)

古典作品には最初に触れて欲しい年齢層というものは間違いなくあって、本書もできることであれば、十代のうちのどこかで出会っていたほうがよい古典作品に挙げられる。訳者のあとがきにも日本の中高生がスペンサーの詩を気軽に朗誦できるようにしたいという…

粟津則雄『ダンテ地獄篇精読』(筑摩書房 1988)

山川丙三郎の文語訳(1914-1922)ダンテ『神曲』を導きの糸として取り入れていたのは大江健三郎の代表作のひとつ『懐かしい年への手紙』(1987)。本書はその翌年に出版された地獄篇のみの読み解き本で、寿岳文章訳(1974-76)の訳業に大きくインスパイアされてい…

トルクァート・タッソ『愛神の戯れ ――牧歌劇『アミンタ』――』(訳:鷲平京子 岩波文庫 1987, 原著 1573)

困難に向き合うことも多くあった大作『エルサレム解放』の執筆中をぬって書かれた詩人タッソの資質をはばたかせた劇作。これぞ王道というオーソドックスな恋物語。死の際からの生還、愛の行き違いにかかるリスクのとてつもない大きさ、行ったり来たりの展開…

小池澄夫+瀬口昌久「ルクレティウス 『事物の本性について』――愉しや、嵐の海に (書物誕生 あたらしい古典入門)」(岩波書店 2020)

多作の思想家であったというエピクロスの作品が散逸してしまってほとんど残っていないのに対し、エピクロスの思想を展開したルクレティウスの『事物の本性について』全六巻が残ってきたのはなぜなのか? キリスト教の教義から見ればともに異端として退けられ…

トルクァート・タッソ『エルサレム解放』(原著 1575 アルフレード・ジュリアーニ編 1970, 訳:鷲平京子 岩波文庫 2010)

本書はイタリア・バロック文学の古典『エルサレム解放』の本文を交えたダイジェスト版の翻訳で、正確には『エルサレム解放 トルクァート・タッソの原文にアルフレード・ジュリアーニの語りを交えた長篇叙事詩抄』というタイトルの古典再編集作品である。感覚…

ベンヤミンの『メディア・芸術論集』とパウル・シェ―アバルト『虫けらの群霊』(原著 1900, 訳・解説:鈴木芳子/絵:スズキコージ 未知谷 2011)

ベンヤミンの『メディア・芸術論集』を読み返していたところ、シェ―アバルトを褒めている「経験と貧困」というエッセイに目が止まったので、手に取って読んでみた小説。出版社未知谷の編集者による煽り文句は、惰眠をむさぼる「善良な市民へ疾駆するプレ・ダ…

サン=ジョン・ペルス(1887-1975)『サン=ジョン・ペルス詩集』(多田智満子訳 思潮社 1967, 新装版 1975)

ロジェ・カイヨワがカントが美に与えた定義である「目的なき合目的性」の典型的例として称賛したサン=ジョン・ペルスの詩の翻訳選集。 ありとしあらゆるものの名を呼びながら それが偉大であると唱えた、生きとし生けるものの名を呼びながら それが善美であ…

鈴木修次『人と思想 38 荘子』(清水書院 1973, 2016)

為政者側の論理を整えるための思想としての儒家に対し、無為自然の優位を説く老荘の思想は、被征服者たちが追いやられた南部の土地で形成されていったという指摘にはじまり、墨子の社会主義的思想や揚朱の個人主義をともども採り入れ老子の哲学的側面を広く…

堀田彰『人と思想 83 エピクロスとストア』(清水書院 1989, 2014)

清水書院の「人と思想」シリーズは伝記と思想案内を同時に行っている質が良く効率も良い入門書であるが、本書『エピクロスとストア』は入門書の域を超えるくらいの本格的な思想案内書となっている。 エピクロス派もストア派もともに世界は物質から構成されて…

シオランをまとめて読んでみた

無感動状態であるというわけではないと思っているのだが、シオランのアフォリズムには、本当のところ心が動かない、現時点での私には響いてこない。断章形式ということもあって、それほどストレスなく、いくらでも読もうと思えば読めてしまうのだが、不思議…

上野修『哲学者たちのワンダーランド 様相の十七世紀』(講談社 2013)

講談社の月間PR誌『本』に25回にわたって連載されていた十七世紀哲学史エッセイを一冊にまとめたもので、内容的にはだいぶくだけた感じの思想紹介になっている。取り上げられているのはデカルト、スピノザ、ホッブズ、ライプニッツの四人で、上野修の著…

上野修『デカルト、ホッブズ、スピノザ 哲学する十七世紀』(講談社学術文庫 2011, 原本『精神の眼は論証そのもの』学樹書院 1999)

講談社現代新書の『スピノザの世界 神あるいは自然』(2005)に先行する上野修のはじめての単著。80年代から90年代にかけて学術誌に発表された論文を集めたもので、内容的には学問的。参考になる注も付いている。論述対象の配分はスピノザが70%程度で圧…

上野修『スピノザの世界 神あるいは自然』(講談社現代新書 2005)

講談社現代新書にはスピノザを扱ったものが三作品あり、本書はその中でいちばん最初に刊行されたもの。 スピノザの初期の作品『知性改造論』と死後刊行の主著『エチカ』(正確には『幾何学的秩序で証明されたエチカ』)とを扱った解説書で、真理と倫理の次元…

神塚淑子「『老子』 <道>への回帰」(岩波書店 2009, シリーズ:書物誕生 あたらしい古典入門)

『老子』テクストの誕生と受容の歴史を概観する第一部と、『老子』テクストを五つのテーマに分けて代表的な章の読み解きを行なった第二部の二段構成。 第一部では残存する複数テクスト間の差異と歴代の『老子』注釈書の変遷から、成立の経緯と儒教との関係を…

ルイス・ホワイト・ベック『6人の世俗哲学者たち ―スピノザ・ヒューム・カント・ニーチェ・ジェイズム・サンタヤナ―』(原書 1960, 藤田昇吾訳 晃洋書房 2017)

教会と対立していると考えられる世界を世俗と定義したうえで、世俗的関心から宗教的問題に深くアプローチした哲学者について考察したコンパクトな書物。取り上げられた哲学者のラインナップが魅力的で、特に日本ではほとんど触れられることもないサンタヤナ…

冨田恭彦『バークリの『原理』を読む ―「物質否定論」の論理と批判』(勁草書房 2019)

バークリは、物質を否定し人間の知覚する精神と神の存在のみを実体であるとした18世紀アイルランドの哲学者で聖職者。主著『人知原理論』は1710年の刊行。 バークリの物質否定を強く打ち出した観念論は、ニュートンの自然科学的考えが力を持っていた当…

植木豊編訳『プラグマティズム古典集成 パース、ジェイムズ、デューイ』(作品社 2014)からデューイの5つの論考を読む

デューイのプラグマティズム、特に民主主義を論じたものよりも認識論や論理学に言及することの多い哲学的な論考に関しては、きわめて明朗快活で、読んでいて気持ちがよいものが多い。それらの論考のなかでは、実践的な未来志向の思考とコミュニケーションを…