読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の古典

アダム・ミツキェーヴィチ『祖霊祭 ヴィリニュス篇』(未知谷 ポーランド文学古典叢書8 関口時正訳 2018) 過酷さと享楽の臨界点への道行き

19世紀前半のポーランドを代表するロマン派詩人アダム・ミツキェーヴィチの最高傑作とも言われる未完の詩劇『祖霊祭』の関口時正による編集翻訳作品。最後に書かれたという第三部は、政治色が濃く、また分量も突出して大きく、他のテクストからの独立性が…

入矢義高 注『寒山』(岩波書店 中國詩人選集5 1958)

中国江蘇省蘇州市にある臨済宗の寺、寒山寺に伝わる風狂超俗の伝説の僧、寒山拾得のうちのひとり、寒山。 禅画・水墨画に描かれる異形瘋癲の寒山の姿を想い起す人のほうが多いであろうが、そのイメージとはかなり異なる姿が寒山の詩からは読み取れる。 本書…

國方栄二『ギリシア・ローマ ストア派の哲人たち セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウス』(中央公論新社 2019)

キュニコス派(犬儒派)ディオゲネスから説きおこし、ストア派初期のゼノンから後期のマルクス・アウレリウスまでの哲学をたどる概説書。 自分の力ではどうにもならない外的条件に対してどのように振舞うのが良いかに焦点を当て、意志の力で自己統率し運命に…

佐々部英男訳『梟とナイチンゲール 中世英語問答』(ゆいぽおと 2020)

どことなく宮澤賢治が書きそうな話。キリスト教と法華経の世界の違いはある。 重く冷静な梟と軽く陽気なナイチンゲールが互いに退かずに自分の優位性について言論でもってはりあっているところに面白味がある。 原詩の成立時代は12世紀後半中世であっても…

プラトン『ソピステス ―〈あるもの〉(有)について―』『ポリティコス(政治家) ―王者の統治について―』(岩波書店 プラトン全集3 1976)

パルメニデスやゼノンに連なるエレア派の論理学を学んだであろう「エレアからの客人」を対話の主人に据えたプラトンの後期対話篇2篇。ソクラテスは対話導入部にほんの少し顔を出すだけで、後期プラトンの思想を代弁する「エレアからの客人」が、「分割法(…

サミュエル・ベケット『ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』(白水社 岡室美奈子訳 2018)

ベケットの作品は小説も戯曲も基本的に目的も到達点もない。戯曲については、プラトンの対話篇と並べて読んだりすると、その違いに呆然となる。プラトンの対話篇は遠回りしているかに見えても中心主題に向けて求心的に進んでいくが、ベケットの対話はきっか…

ノヴァーリス『青い花』(原著 1802, 岩波文庫 青山隆夫訳 1989)

未完ながら初期ドイツロマン派の良心が結晶したような詩的な小説作品。夢みる詩人が旅をする中で出会った人たちに関係しながら精神的に成長し世界の奥行きを覗き見るようになっていくとともに、運命の女性との出会い成就するまでが完成された第一部「期待」…

吉見昭德訳 「クレーバー第4版対訳 古英語叙事詩『ベーオウルフ』」(春風社 2018)

7世紀から9世紀のあいだに写本が成立したとする説が有力な古英語で書かれた全3182行の英雄叙事詩の最新対訳本。古英語がどんなものかということと古典注入という関心から手に取ってみた。個人的に西脇順三郎対策という意味もある日本で8世紀といえば『古…

ノヴァーリス『夜の讃歌・サイスの弟子たち 他一篇』(岩波文庫 今泉文子訳 2015)

ノヴァーリスの『花粉』からデリダの『散種』へという仲正昌樹の『モデルネの葛藤』のなかにでてきた案内を読んで、実際にノヴァーリスの『花粉』が収録されている本書を手に取ってみた。 シュレーゲルの反省と否定による無限超出に比べて、ノヴァーリスには…

八木雄二『古代哲学への招待 パルメニデスとソクラテスから始めよう』(平凡社新書 2002)

宇宙の理解に数学を用いたピュタゴラスがヨーロッパ哲学の最大の源泉であるという主張に目を洗われた。対話と政治倫理あるいは正義や徳についての議論に重きを置いたソクラテスではなく、数学ベースの真理究明と美的探究に重きを置いた知性と技術優位のピュ…

仲正昌樹『増補新版 モデルネの葛藤』(作品社 2019, 御茶の水書房 2001, 修士論文 1994)

仲正昌樹、30歳を越えて提出した長大な修士論文をベースにした著作。院試失敗や統一教会への入信脱会など起伏が大きい経歴を経ての著述。自身のこだわりをあまり表面には出してこないが、研究対象に対して妥協することなく調査している姿勢がうかがえて、…

プラトン『ティマイオス』(岩波書店 プラトン全集12 1975)

プラトンの後期対話篇に於けるソクラテスは、語り手でも対話者でもなく、もっぱら聴き手の位置にいる、日本の能の構成上でいえばワキの位置に控えながら、全体を無意識的に統括する主宰者の位置にある。主宰者は迎えいれた主賓を称え、主賓の最高の精神活動…

プラトン『パルメニデス』(岩波書店 プラトン全集4 田中美知太郎訳) 読み通すと、なぜ岩波で文庫本になっていないのかが分かる奇作

パルメニデスを主人公にした対話篇。 年少のソクラテスやアリストテレスに対する思考の準備運動の実践教育らしいが、字面を追うだけで精一杯。文書で読んでいるからまだいいようなものの、話し言葉を耳で聞いて理解し対応するとなると至難の業。 一と多、有…

仲正昌樹『危機の詩学 ヘルダリン、存在と言語』(作品社 2012)

仲正昌樹の博士論文『<隠れたる神>の痕跡――ドイツ近代の成立とヘルダリン』(1996)に、2009年のハイデガー・フォーラムでの報告論考「哲学にとっての母語の問題――ハイデガーのヘルダリン解釈をめぐる政治哲学的考察」を付録としてつけて刊行されたもの。 市民…

アラン・コルバン『静寂と沈黙の歴史 ルネサンスから現代まで』(原著 2016, 藤原書店 小倉孝誠+中川真知子訳 2018 )

「感性の歴史家」ともいわれているアラン・コルバン、題名と本のたたずまいに魅かれて試し読み。『草のみずみずしさ 感情と自然の文化史』と迷ったが、どちらかといえばメジャーな分野を対象にしたものからという判断で、こちらから参入してみる。 内容的に…

ジャン=バティスト・グリナ『ストア派』(文庫クセジュ 原書 2017, 白水社 川本愛訳 2020)

ストア派の最新入門書。ストア派の歴史と体系を時代区分ごとに論じたコンパクトな学術書で、短期講座のテキスト向き。訳書である白水社版で140ページ弱の分量ではあるが、ストア派の始祖とされる紀元前三世紀はじめのゼノンの思想からはじめて、現代の「…

トマス・スターンズ・エリオット作 岩崎宗治訳『荒地』(原作 1922, 岩波文庫 2010)

2022年は「荒地」刊行百周年。ほかにはジョイス『ユリシーズ』百周年、マルセル・プルースト没後百年、日本では森鴎外没後百年(大正11年没)などの年にあたる。 この100年間の社会変動は大変なものだが、文芸の世界ではどれほどの展開があっただろ…

エピクテトス『人生談義』(國方栄二訳 岩波文庫 全二冊 上巻 2020, 下巻 2021)

ストア派の哲人エピクテトスは、彼が敬愛するソクラテス同様、自分ではなにも書かなかった。 ソクラテスの言行を弟子のプラトンが残したように、エピクテトスの言行は弟子のアリアノスによって残された。 歴史家として著作を持つアリアノスの書き残したエピ…

アラン・バディウ『思考する芸術 非美学への手引き』(原書 1998, 坂口周輔訳 水声社 2021)

訳文の中に出てくる「免算」という見慣れない語彙に引っ掛かった。 「免算」だけでは検索でヒットしなかったので、「免算 数学」と「免算 バディウ」で検索したところ、科学研究費助成事業データベースに導かれていった。 アラン・バディウの数学的存在論と…

ヴォルテール『寛容論』(原書 1763, 中川信訳 現代思潮社 1971, 中公文庫 2011)

光文社古典新訳文庫の斉藤悦則の新訳(2016)もあるらしいが昔からある中川信の訳で『寛容論』を読んだ。 不寛容が拡がっている世の中で、あらためて読み直されている古典、らしい。 カソリックとプロテスタントの対立が長くつづいていた18世紀フランスに起…

ジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(原書 第1巻 1949, 第2巻「内的距離」1952, 筑摩叢書 第1巻 1969, 第2巻 1977 )

日本ではなんでも翻訳されているということはよく言われていることではあるのだが、そんなことはない、ということを知らせてくれる貴重な書物。ヌーヴェル・クリティックの代表的な作品であるジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(全4巻、1949‐1968)も、…

カール・シュミット『陸と海 世界史的な考察』(原書 1942, 中山元訳 日経BPクラシックス 2018)

21世紀の世にあって地政学の古典となった一冊。シュミットの政治学的思想の核となる「友-敵理論」にも言及されていて、なかなか興味深い。 ナチスへの理論的協力を経て、思想的齟齬失脚の後に出版されたシュミット40代半ばの著作。娘のアニマに語りかけ…

ミハイル・レールモントフ『デーモン』(前田和泉訳、ミハイル・ヴルーベリ絵 エクリ 2020)

悲しきデーモン、追放の精霊が罪深き大地の上を飛ぶ なぜに天使は堕ちるのか? それは、能力あるがゆえの過信と傲慢、よかれと思いとった行動が矩を踰えていることに無自覚なため。 冒頭追放されたデーモンがなぜ追放されたかの理由は告げられることはないま…

2021年日本のシルバーウィーク、この三連休は積読本を消化 モーリス・ブランショの中編小説五篇を読む。結果、丸呑みのまま、異物として未消化のまま、作品のたくらみが内部に残る

心地よくはないが、何かただごとではない佇まいで読めと迫る小説の姿をまとったことばの塊。 人文科学の先端領域での研究サンプルとしての、一フィクションとしての対話。精神分析や言語学を吟味するための限界領域での対話セッションのひとつの例のような印…

福永光司『老子』(朝日選書 1997)

陰気、陽気、冲気。 本書は老荘思想・道教研究の第一人者福永光司による訳解書。老子初読という人であれば、二昔前に出版され、ブームにもなった、加島祥造による英語訳からの重訳『タオ 老子』くらいの軽いものの方がよいかもしれないが、一見素っ気なく書…

ポール・ヴァレリー『精神の危機 他十五篇』(岩波文庫 2010)

20世紀前半、第一次世界大戦終結からヴァレリー晩年の第二次世界大戦終結期までに発表された講演や式辞、エッセイを集めた一冊。西欧精神の優位と没落を併せ語っているところに機械文明・機械産業膨張期に対しての旧世代最後の抵抗がきこえてくる。抵抗と…

ハインリヒ・フォン・クライスト『クライスト名作集』(白水社 1972)

クライストの戯曲五篇。 一筋縄ではいかない主人公たち、敵役たち。ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』ではカタトニー(緊張病)という言葉でも表現されているように、極度の精神的緊張状態において突然意志や行動の転換もしくは昏倒が起こって劇の世界に…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年)仲正昌樹と岩淵達治の翻訳比較とちょっとした私のクライスト観

仲正昌樹は自身の『ペンテジレーア』翻訳以前の既訳の業績として岩波文庫の吹田順助訳、沖積舎クライスト全集の佐藤恵三訳の二種があるというふうに記していたのだが、すくなくとももうひとつの既訳はわりと手にしやすい形で世に出まわっていて、それは白水…

ジョン・ミルトン(1608-1674)『闘士サムソン』(原書 Samson Agonistes 1671年, 小泉義男訳註 弓書房 1980)

『闘士サムソン』は、旧約聖書『士師記』第一三章から第一六章までのサムソンとデリラとペリシテ人たちとの詩句に取材したミルトン晩年の劇詩。復讐劇。妻に裏切られ政治的に敗北し投獄されたうえに盲目での生を余儀なくされたサムソンに、清教徒革命と王政…

ハインリヒ・フォン・クライスト『ペンテジレーア』(執筆時期 1806/7年, 仲正昌樹訳 論創社 2020) ドゥルーズの誘いにのってクライストの戯曲を読んでみる

戦闘女族アマゾンの女王ペンテジレーアとギリシアの戦士アキレスとの恋と戦闘を描く戯曲。悲劇。 ドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』でクライスト推しが強烈だったので、それならばと誘いにのって、仲正昌樹訳のクライストからクライストの世界に足を踏み…