読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

海外の小説

ジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(原書 第1巻 1949, 第2巻「内的距離」1952, 筑摩叢書 第1巻 1969, 第2巻 1977 )

日本ではなんでも翻訳されているということはよく言われていることではあるのだが、そんなことはない、ということを知らせてくれる貴重な書物。ヌーヴェル・クリティックの代表的な作品であるジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(全4巻、1949‐1968)も、…

2021年日本のシルバーウィーク、この三連休は積読本を消化 モーリス・ブランショの中編小説五篇を読む。結果、丸呑みのまま、異物として未消化のまま、作品のたくらみが内部に残る

心地よくはないが、何かただごとではない佇まいで読めと迫る小説の姿をまとったことばの塊。 人文科学の先端領域での研究サンプルとしての、一フィクションとしての対話。精神分析や言語学を吟味するための限界領域での対話セッションのひとつの例のような印…

【4連休なのでユリシーズと美学の本を読んでみる】02 連休3日目通読完了:丸谷才一ほか訳『ユリシーズ』後半(13から18章)読了後の虚脱と祝杯のなかブログを書く

変則的な訳者訳書構成ではあるがジョイスの『ユリシーズ』の通読完了。ひさびさに「全体小説」©ジャン=ポール・サルトルということばが思い浮かんできた。「全体小説」は、サルトルがジョイスの『ユリシーズ』などの先行作品を想定して作り上げた概念(自作…

【4連休なのでユリシーズと美学の本を読んでみる】01 連休初日:柳瀬尚紀の最後の仕事に一日向き合う

本読みは本を読みながらその途中で人生を終える。作家は本を読み本を書きながらその途中で人生を終える。翻訳家は本を読み翻訳をしながらその途中で人生を終える。区切りのよいところで人生を終えるということは自然の摂理にしたがってる限りそうそうあるも…

【4連休なのでユリシーズと美学の本を読んでみる】00 序奏:企画と準備

昨年の夏の4連休(2020.07.23~2020.07.26)では、柳瀬尚紀訳でジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を読んだ。今年は基本的に柳瀬尚紀訳でジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を読んでみたい。「基本的に」というのは、訳者柳瀬尚紀が12…

カルロス・カスタネダ『沈黙の力 意識の処女地』(原書 1987、二見書房 1990)知覚の障壁が破られるとき:理性と言語を超越する知の伝授について

社会学者の見田宗介(真木悠介)がカスタネダの世界を見る瑞々しい眼差しにインスパイアを受けたと言っていることを知り、かつドゥルーズ=ガタリが「器官なき身体」を語るにあたってカスタネダを肯定的に引用しているという情報も少し入ってきたために、だ…

【風呂場でガタリ『機械状無意識』を読む】02.顔面性とリトルネロで読み解かれるプルースト

ガタリの『機械状無意識』(原書1979, 訳書1990)はプルーストの『失われた時を求めて』を論ずるために書かれたもので、本来第二部が主役である。「機械状無意識の冗長性物の二つの基本的範疇」としてあげられる顔面性特徴とリトルネロ(テンポ取り作用、あ…

藤田治彦『もっと知りたい ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』(東京美術 2009) ブルジョア出身で贅沢品作成に才能のある芸術家が取り組んだ社会主義への夢

ウィリアム・モリスは世界を美しくしようとした。美しさへの才能が開花したのは著述の世界と、刺繍や染色、カーペット、カーテン、壁紙、タペストリーなどのテキスタイル芸術。 目指すのは争いも苦痛も失敗も失望も挫折もない、人々の趣味道楽だけでうまく回…

マックス・エルンスト『百頭女』(原書 1929, 巖谷國士訳 1974, 河出文庫 1996)切り貼りから生まれる切断と融合、新世界創造の痛みを伴ったエネルギー

マックス・エルンストのコラージュ・ロマン第一弾『百頭女』。複数の重力場、複数の光源、複数のドレスコード、複数の遠近法、複数の世界が圧縮混在する147葉のコラージュ作品とシュルレアリスム的キャプションから成る出口なしの幻想譚。二作目の『カル…

マックス・エルンスト『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』(原書 1930, 巖谷國士訳 1977, 河出文庫 1996)どこか高貴さを感じさせるシュルレアリスム的エログロナンセンスのテキストとイラスト

「たいていの本はうしろから読むのがよい」というのは、カフカを語った時のピアニスト高橋悠治のことば。関心はあるのに、あまり身にはいってこない作品に出会ったときに、たまに私が実践してみる本の読み方。マックス・エルンストのコラージュ・ロマン『カ…

ペル・ジムフェレール『<現代美術の巨匠> MAX ERNST マックス・エルンスト』(原書 1983, 美術出版社 椋田直子訳 1990) 多くの技法と作風を持つシュルレアリスムの代表的画家

先日、マックス・エルンストのコラージュ・ロマン三部作の第二作『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』を読んだものの、コラージュ・ロマンというものに対する理解があまりなかったものだから、本業の絵画作品に触れてみることにした。コラージュ・…

ポール・ヴァレリー『ムッシュー・テスト』(原書1946, 岩波文庫 清水徹訳 2004)

一八九四年ごろから構想されはじめた小説『ムッシュー・テストと劇場で』からはじまるヴァレリー唯一の連作短編集。死の直前までテキストに手を入れていたり、ムッシュー・テストにまつわる自筆の版画やデッサンを描いていたりと、作者にとってそうとう愛着…

ギュスターヴ・フロベール『三つの物語』(原書1877, 蓮實重彦訳 1971)

フロベールの『三つの物語』を講談社世界文学全集の蓮實重彦訳で読む。「純な心」「聖ジュリアン伝」「ヘロデア」の三篇。ともに死を扱うフロベールの表現力・描写力の生々しさに驚く。以下引用箇所は、本編を読む楽しみを削ってしまわないよう一番の核心部…

柳瀬尚紀『ユリシーズ航海記 『ユリシーズ』を読むための本』(河出書房新社 2017)

一九九六年、岩波新書で発犬伝『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』が刊行されて二〇年、柳瀬尚紀訳『ユリシーズ』は完結することなく残されてしまった。発刊当時に読んで、今回二度目の通読となり、また、他のエッセイ、最後の完成訳稿である第十七章「イタ…

ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』(原書1914, 柳瀬尚紀訳 2009 新潮文庫)

読み通して残る印象および感想は、「これらの不如意、どう処理したらいいものか」という表現対象に対しての困惑と、表現対象を刻印させるジョイスの描写表現能力に対する敬意と憧れ。困惑は描かれたダブリンの冷え冷えとした重さ、暗さへのある種の近づきが…

ジェイムズ・ジョイスの絵本『猫と悪魔』(小学館 1976 丸谷才一訳 ジェラルド・ローズ画)

1936年8月10日に孫のスティーヴンに宛てて書き送ったお話をもとに絵本に仕立てた作品。ジョイスの愛らしさが際立つ一冊になっている。柳瀬尚紀に出会うまではなんだか難しい顔してジョイスを読んでいたけれど、完全にパロディ志向の人なのだなと、文章に向き…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その10(延長1回ゲームオーバー 「わが時は樽生なり。汝の時を瓶詰にせよ。」):最後の小説と「フィネガンズ・ウェイク九句 七、八の段」

原典ノンブルによる進捗:628/628 (100.0%) 2020.07.22(水曜夜)~ 07.28(火曜夕)おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉(芭蕉)循環する小説とされる『フィネガンズ・ウェイク』をワンセット読み通した今、達成感よりもかすかな哀感が滲んできている。それは読…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その9:「飲んだら読むな、読むなら飲むな」

原典ノンブルによる進捗:501/628 (79.8%) 飲んだら読むな、読むなら飲むな。そんな作品が存在する。 TVショーでのお笑いは、視聴者のセンスがよほど崩壊していない限り酔っていても十分楽しめるけれど、読書においては読み手の読み取りの能力が少しでも減退…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その8:何も書かれていない書物と「フィネガンズ・ウェイク九句 六の段」

原典ノンブルによる進捗:455/628 (72.5%)文学の世界では「何も書かれていない書物」という極限があって、一方にマラルメの『骰子一擲』、もう一方にジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』がある。極限まで削られた言葉と極限まで多層化されベクトル積算で圧…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その7:中間休止2としてティム・バートン『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993)をDVDで(2周くらい)再視聴する+「フィネガンズ・ウェイク中間休止2 ジャックの句」

進捗:400/628 (63.7%) 第Ⅱ部終了状態でSTAY 異なるフィクション空間での相互干渉を期待して、前回のエントリーで名前を出したティム・バートン『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993)のDVDを呑みながら2周くらい観る。フィクションでの本当らしさ…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その6:ジョイス語公用のナイトメア的世界と「フィネガンズ・ウェイク九句 五の段」

原典ノンブルによる進捗:400/628 (63.7%) 第Ⅱ部終了『フィネガンズ・ウェイク』の形式はほぼト書きなしの演劇台本みたいなもので、その中身はおおむね聖書のパロディでできている。語られる内容は、飲食と性交と排泄と論争(というかからかい合いとののしり…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その5:中間休止で体制紹介+「フィネガンズ・ウェイク中間休止五句」

原典ノンブルによる進捗:308/628 (49.0%) +2行でSTAY 飲んじゃったら読みすすめられなくなったので、第Ⅰ部終了時にやろうと思っていた、現在の読解環境を紹介。 ジェイムズ・ジョイスが孫に向けて書いたお話をもとにつくられた絵本『猫と悪魔』は、愛すべき…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その4:パロディとしての近代小説と「フィネガンズ・ウェイク九句 四の段」

原典ノンブルによる進捗:308/628 (49.0%) 近代小説は神話やロマンスのパロディとして出てきたものだ。セルバンテスの『ドン・キホーテ』は騎士道物語、フロベールの『ボヴァリー夫人』は恋愛物語のパロディとして成立している。主人公は近代の出版事情から…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その3:原文を読んでみたいと思わせる翻訳の力と「フィネガンズ・ウェイク九句 三の段」

原典ノンブルによる進捗:195/628 (31.1%) 『フィネガンズ・ウェイク』の柳瀬尚紀の翻訳が、単純な直訳ではなく、繊細な読解と大胆な日本語化能力を併せ持った人物の手ではじめてなしとげられた驚くべき業績だということは、一般読者層にもストレートに伝わ…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その2:意外にわかりやすい部分の初引用と「フィネガンズ・ウェイク九句 二の段」

原典ノンブルによる進捗:113/628 (18.0%) 『フィネガンズ・ウェイク』はどんな話かというと、今読んでいる部分(第Ⅰ部)に関しては、アダムっぽい風味付けをされた中年男H.C.Eとイブっぽい風味付けをされたA.L.Pをめぐる評価話みたいなものではないかと思っ…

4連休なのでジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を柳瀬尚紀の訳で読んでみる その1:「フィネガンズ・ウェイク九句 一の段」

原典ノンブルによる進捗:74/628 (11.8%) ちょこちょこ検索したりしながら読んだりしているとページ当たり5分くらいかかっている計算になる。四日で読み終わるかどうかちょっと心配。 ※読みながら無季俳句とか作って遊んでいるのも時間がかかっている原因な…

大江健三郎『読む人間』(集英社 2007, 集英社文庫 2011)

大江健三郎の読書講義。 2006年に池袋のジュンク堂で行われた6本の講演と、同じく2006年に映画「エドワード・サイード OUT OF PLACE」完成記念上映会での講演に手を入れて書籍化したもの。執筆活動50周年記念作。 現代日本の読書人であれば一冊くらい大江健…

ジャック・デリダ『「幾何学の起源」序説』(原書 1962, , 青土社 1988)

デリダの序説はフッサール論であるとともに、ジェイムズ・ジョイス論という側面を持っている。ジョイスを論ずるのにヴィーコを持ってきたベケットと、フッサールを持ってきたデリダ。これまでデリダは苦手で、お付き合いするのをためらうことが多かったのだ…

サミュエル・ベケット「ダンテ・・・ブルーノ・ヴィーコ・・ジョイス」(1929、川口喬一訳)

千頁を超える作品を読み終えた後は、誰かの何かに消化を助けてもらいたくなる。先日ヴィーコの『新しい学』(中公文庫)を読み終えて、落ち着かない気分でいたところで助けてもらったのがこのベケットのジョイス論。『進行中の作品』として語られるのは『フ…

サミュエル・ベケットの短編「追い出された男」と松尾芭蕉の馬の句(全二十二句)

家を追い出された男が通りで出会った馬車の御者の自宅に招かれるものの居心地が悪くなって抜け出すというベケットの話なのだが、読んでいるうちに、ハードもソフトもいろいろと不具合のある芭蕉AI搭載ロボットが、廃棄も修理もされずに路上投棄された後、さ…