読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

科学

コンラート・ローレンツ『文明化した人間の八つの大罪』(原著 1973, 日高敏隆+大羽更明訳 思索社 1973)

私が生まれた1971年の世界の人口は37憶、今年2023年は80憶を超えているという。50年で倍増、40億人増加している。西暦1000年時点では2億人くらいだそうだから、世界の様相が変わっていかないほうがおかしい。人口過剰と言われつつ世界…

ライアル・ワトソン『ネオフィリア 新しもの好きの生態学』(内田美恵訳 筑摩書房 1988, ちくま文庫 1994)

宇宙の奇妙さ、地球の奇妙さ、生命の奇妙さに科学者的視点から迫ろうとする知的興奮に満ちたエッセイ集。神秘現象と見なされるような事象に対しても、いたずらにタブー視するのでもなく、かといって無闇にまつりあげるのでもなく、実験と観測データから合理…

松岡正剛『情報の歴史を読む 世界情報文化史講義』(NTT出版 1997)と松岡正剛監修『増補 情報の歴史 象形文字から人工知能まで』(NTT出版 1996)

2021年に再増補版として『情報の歴史21―象形文字から仮想現実まで』が編集工学出版社から刊行されているらしいのだが、今回私が覗いてみたのは、ひとつ前の増補版『増補 情報の歴史 象形文字から人工知能まで』。第八ダイアグラムの「情報の文明―情報…

八木雄二『「神」と「わたし」の哲学 キリスト教とギリシア哲学が織りなす中世』(春秋社 2021)

神学中心の中世哲学を専門的に研究してきたことから見えてきた現代の思想の偏向性を相対化し批判的な視点を提供する八木雄二の近作。大著『天使はなぜ堕落するのか』(2009)で明らかにされた古代から中世、中世から近代への思想の展開の道筋は、分量的には半…

八木雄二『天使はなぜ堕落するのか 中世哲学の興亡』(春秋社 2009)

中世哲学の勃興から衰滅までの流れと、時代ごと哲学者ごとの思想内容を、難易度の高そうな部分も含めて、初学者にもじっくり丁寧に伝えてくれる頼れる書物。著者のしっかりした研究の成果がみごとに整理されているうえに、中世哲学を読むときに気を付けてお…

ノーム・チョムスキー『統辞構造論 付『言語理論の論理構造』序論』(原著 1957, 2002, 岩波文庫 福井直樹+辻子美保子訳 2014) 「Colorless green ideas sleep furiously(色のない緑の観念が猛然と眠る)」

チョムスキーの生成文法革命の端緒となった著作『統辞構造論』の翻訳。チョムスキーが当初信奉していた構造主義言語学から転換して言語の変換理論と各言語の変換構造に関する研究に舵を切るようになってはじめて出版された著作で、マサチューセッツ工科大学…

ノーム・チョムスキー『統辞理論の諸相 方法論序説』(原著 1965, 2015, 岩波文庫 福井直樹+辻子美保子訳 2017)

『統辞理論の諸相 方法論序説』は原著全四章のうちの研究の枠組みについて述べた第一章のみを訳出したもので、二章以降の本編はる数理論理学等を使った統辞論で専門家以外には容易には近づけないものであるらしい。第一章は記号も数式も出さずに方法論を述べ…

コンラート・ローレンツ『鏡の背面 人間的認識の自然誌的考察』(原著 1973, 新思索社 谷口茂訳 1974, ちくま学芸文庫 2017)

『攻撃』から十年後、ノーベル生理学・医学賞を受賞した年に刊行された書籍。 人間の認識のはたらきを生物行動学の知見を軸に哲学的に展開した論考。 生物でもある人間をシステムあるいは装置として検討する方法が貫かれているところが科学者らしく明解で好…

コンラート・ローレンツ『攻撃 悪の自然誌』(原著 1963, みすず書房 日高敏隆+久保和彦訳 1970)

AIの進歩とともに機械であるコンピュータと人間を比較考察する論考が数多くなされ、また脳科学の発達とともに心脳問題あるいは心身問題にあらためて熱い視線が注がれている現在、生物学者のローレンツが本能の儀式化する様子やゲノム情報によらずに世代間…

コンラート・ローレンツ『行動は進化するか』(原書 1965, 日高敏隆+羽田節子訳 講談社現代新書 1976 )

現代的な心身問題についての議論では、生物学と生態学に携わる人々の観察をベースにした業績を抜きにしては語り得ない領域がほとんどであるということは頭に入れておいていい基本的な事象である。一次資料となる観察をおろそかにしては客観を目指す科学は成…

松岡正剛+ドミニク・チェン『謎床 思考が発酵する編集術』(晶文社 2017)

謎床、なぞどこ。 謎を生み出すための苗床や寝床のような安らいつつ生気を育む場という意味でつけられたタイトル。 ぬか床で漬物をつけているという情報工学が専門のドミニク・チェンが、正解を導くために必要とされるある謎を生む必要があり、謎を触発した…

【脳だけじゃない脳科学 アントニオ・ダマシオ二冊】『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』(原書 1994, 2005 ちくま学芸文庫 2010)、『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』(原書 2003 ダイヤモンド社 2005)

ソマティック・マーカー仮説(somatic marker hypothesis)のアントニオ・ダマシオ。脳だけじゃない脳科学。身体(遺伝子)―情動―感情。科学―哲学―心理学。デカルト、スピノザのほかにウィリアム・ジェームズも大きな存在感を示している。苦が生に対してもつ…

エルンスト・カッシーラー『アインシュタインの相対性理論』(原書 1921, 山本義隆訳 河出書房新社 1976, 1996 )

私は、にわかではあるが、カッシーラーのファンである。今年の正月に『シンボル形式の哲学』を読んで以来、この人は本物だと思っている。相対性理論や量子論の意味を、文系読者にもきちんと伝えてくれる、かけがえのない人物なのではないかと思っている。記…

ジャン・ピエ-ル・シャンジュー、ポ-ル・リク-ル『脳と心』(原著『自然・本性と規則―われわれをして思考させるもの』1998 訳書 2008 みすず書房)脳科学と観測テクノロジーの進歩と哲学

心身問題をめぐる哲学者と神経生物学者の連続対談。『ニューロン人間』の著者ジャン・ピエ-ル・シャンジューが脳科学の知見をベースに意識現象とニューロンの関連を語るのに対して、フッサール『イデーン』のフランス語訳者で『生きた隠喩』『時間と物語』…

エルンスト・カッシーラー『現代物理学における決定論と非決定論 因果問題についての歴史的・体系的研究』(原書 1937, みすず書房 改定新訳版 2019)関数に凝縮された経験知

主著『シンボル形式の哲学』以後に展開した量子論のある世界での認識論。まだまだ古典力学の巨視的世界像のなかに住まい、量子論的世界に慣れない思考の枠組みをもみほぐしてくれる哲学書。 関数論的な捉え方を重要視するならば、問題はまったく異なった仕方…

ジョルジュ・カンギレム『生命の認識』(原書 1965, 法政大学出版局 杉山吉弘訳 2002) 「規範形成力」を根幹に据えたしなやかな生気論

カンギレムはフーコーの先生で、バシュラールやアランの生徒、同級生にはサルトルがいた。科学哲学、医学、生物学の深い学識から人間的生命について論じた業績はフランスの知識層に大きな影響を与えている。本書の後に私が手に取った『心と脳』(ポ-ル・リ…

青山拓央『分析哲学講義』(ちくま新書 2012) 知的挑発を埋め込んだ分析哲学入門書

フレーゲとラッセルの論理学研究からはじまり、クワイン、ウィトゲンシュタインなどの業績を経て、最近議論されることの多い心身問題、心脳問題、クオリアに関わる論点まで、入門書と言いながら、各講義で各トピックの概略図を示したあとに、読者に向けて自…

西垣通『生命と機械をつなぐ知 基礎情報学入門』(高陵社書店 2012)ネオ・サイバネティクス論の一分野として著者が提唱する基礎情報学の高校生を想定した初学者向け教科書32講

『基礎情報学 生命から社会へ』(2004)『続 基礎情報学 「生命的組織」のために』(2008)と展開してきた基礎情報学のエッセンスを提唱者本人が可能なかぎりわかりやすくコンパクトにまとめあげた一冊。図版の多用や本文中の具体例あるいは関連コラムで親しみや…

中沢新一『レンマ学』(講談社 2019)とりあえず、この先五年の展開が愉しみ

中沢新一、七〇歳のレンマ学言挙げ。あと十年ぐらいは裾野を拡げる活動と頂を磨き上げる活動に注力していただきたい。難しそうな道なので陰ながら応援!!! 横道に逸れたら、それも中沢新一。私とは明瞭に違った人生を生きている稀有な人物。変わった人なの…

岡崎乾二郎『近代芸術の解析 抽象の力』(亜紀書房 2018)技術で見えてきたものによって変わる人間の認識と作品制作。マティス以後の抽象絵画を中心に

素朴な画家と勝手に思い込んでいた熊谷守一が、同業者からは一目置かれる理論派で当時の最先端美術にも通じ、なおかつ海外の代表的な作家の作品にも通底し且つ質において匹敵するする作品を晩年まで作成し続けていたという指摘に、目を洗われる思いがした。…

テレンス・J・セイノフスキー『ディープラーニング革命』(原書 2018 銅谷賢治 監訳 NEWTON PRESS 2019) 生体と機械のなかのアルゴリズム

ディープラーニング研究のパイオニアである著者が、自身と仲間たちの研究活動のエピソードとともに、ディープラーニングの開発の歴史と現在地を紹介する一冊。神経生理学とコンピューターサイエンスの融合しながらの発展の中心を歩んだ人々の姿に憧れを持ち…

竹内薫『「ファインマン物理学」を読む 電磁気学を中心として』(講談社ブルーバックス 2020)

物理学はモデルよりもモデルのもととなる数式、方程式が大事。そのことを明確にしかも興味深く教えてくれるのがファインマン先生、さらによりかみ砕いて肝の食べやすい部分だけをさっと取り出してくれているのが竹内薫。本当は方程式を理解したほうがいいに…

マルティン・ハイデッガー『放下』(原書1959, 理想社ハイデッガー選集15 辻村公一訳 1963)

「計算する思惟」と「省察する思惟」「追思する思惟」を区別するハイデッガー。二系統の思惟の違いが本当にあるものかどうかよくわからない。計算の中にはシミュレーションもフィードバックの機構も組み込むことは可能なので、機械的な思考と人間的な思考の…

山田克哉『真空のからくり 質量を生み出した空間の謎』(講談社ブルーバックス 2013 )

観測不能と無限大とゼロ。付け加えて仮想粒子とプランク定数と量子化。量子力学の世界像に慣らしてくれるほぼ数式なしで書かれた解説書。 わりと疑い深くはない性格なので、専門の編集者がついて出版された書籍に書かれていることは、なんとなく理解すること…

高岡詠子『シャノンの情報理論入門 価値ある情報を高速に、正確に送る』(講談社ブルーバックス 2012)

情報理論の父、クロード・シャノンを紹介した入門書。「あらゆる情報は数値に置き換えて表わすことができる」として、情報のデジタル化を理論的に支えた業績を3つの視点からとらえられるようにしている。 1.情報を量ることができることについて2.情報を…

竹内薫『「ファインマン物理学」を読む 量子力学と相対性理論を中心として』(講談社ブルーバックス 2019)

量子力学が簡単に理解できない理由は「量子力学が複素数の世界の力学」(p169)だから、ということを繰り返し論じてくれたところに、本書のいちばんの価値があるのではないかと思った。 【量子力学の要―確率振幅について、『ファインマン物理学』第5巻から…

ファインマン + モリニーゴ + ワーグナー 著 , ハットフィールド編『ファインマン講義 重力の理論』(1962-63年の講義, 原書1995, 岩波書店1999)

「ブラックホール」ということばは1967年に物理学者ジョン・ホイーラが公的会議でとりあげらるまでは正式には採用されていない用語で、ファインマンの重力論の講義では「ワームホール」と呼ばれている。漫画やアニメやSFで普通に取り上げられているので、ず…

ファインマン + ゴットリーブ + レイトン『ファインマン流 物理がわかるコツ [増補版]』(1961-62年の講義, 原書2006, 岩波書店2015)

『ファインマン物理学』に収録されなかった物理が苦手な学生のための四本の補講講義録。物理学をする時の態度をファインマン先生が教授してくれている。暗記だけに頼るのはやめて、手持ちの道具を使って考え、道を切りひらいていくこと。 物理学者のやるべき…

山田克哉『時空のカラクリ 時間と空間はなぜ「一体不可分」なのか』(講談社ブルーバックス 2017)

一般相対性理論の入門解説書。類書よりも丁寧にかみ砕いた解説書になっていると思うのだが、やっぱり素人には何となくしか理解できない。重力によって時空はゆがむ。重力が強いところでは時空がゆがんでいるので、地球のような重力が弱いところから観測した…

ティーヴン.L・マンリー『アメリカ最優秀教師が教える 相対論&量子論 はじめて学ぶ二大理論』(原書2009, 講談社ブルーバックス2011)

アメコミ風味の相対論・量子論の紹介書。他の本を読むための準備運動とか、息抜きの並走書として読むくらいがちょうどよい。それでも10章、11章の量子の世界と宇宙についての文章は、単独でも読みごたえがあるものだった。 量子力学では、粒子を、不確定性原…