読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

美術

ジャン・デュビュッフェ『文化は人を窒息させる デュビュッフェ式<反文化宣言>』(原著 1968, 杉村昌昭訳 人文書院 2020)

戦後の20世紀を代表するに足るフランスの異端的芸術家による芸術論であり闘争的宣言書。権威筋による既成の価値観に従順な表現は、有用性を付与されるかわりに、特権的ではあるが支配体制に絡め取られ飼い慣らされてしまっている規格化され抑圧的にはたら…

針生一郎責任編集『現代世界の美術 アート・ギャラリー 20 デュビュッフェ』(集英社 1986)

既成の価値観と消費形態に囚われない純粋な表現活動としてのアール・ブリュット(生の芸術)を提唱したデュビュッフェであるが、本人の創作活動はアール・ブリュット系の作品に似ているところはあるものの、スタイルの創造に意識的な職業的芸術家のものであ…

アール・ブリュットの作品集二冊

1.アール・ブリュット・コレクション編 サラ・ロンバルディ+エドワード・M・ゴメス責任編集『日本のアール・ブリュット もうひとつの眼差し』(国書刊行会 2018) www.kokusho.co.jp 本書は2018年スイスのローザンヌ市のアール・ブリュット・コレク…

エミリー・シャンプノワ『アール・ブリュット』(原著 2017, 西尾彰康・四元朝子訳 白水社文庫クセジュ 2019)

ラカン派の精神分析家でパリ第八大学の造形美術学科で講義も行っているエミリー・シャンプノワによるコンパクトなアール・ブリュット入門書。アール・ブリュットは20世紀フランスの画家ジャン・デュビュッフェが1945年に提唱した芸術作品の概念で、既…

フランチェスコ・ヴァルカノーヴェル『イタリア・ルネサンスの巨匠たち 〈23〉 カルパッチョ』(原著 1989, 東京書籍 1995)

日本でカルパッチョの作品をまとめてみることのできる貴重な作品集。図版数は76。 個別の代表作を偏りなく冷静に取り上げて紹介しているのがいちばんの妙味。 初期作品から晩年にいたるまで、大きな画面の隅々にまで神経のいきわたった揺るぎない緊張感が…

著・訳:古田亮、著:岡倉覚三『新訳 東洋の理想 岡倉天心の美術思想』(平凡社 2022)

1903年=明治36年にロンドンで出版された『東洋の理想』として知られる天心岡倉覚三の処女作『The Ideals of the East-with special reference to the art of Japan』の最新訳に、訳者古田亮による本篇に匹敵する分量の『東洋の理想』研究が付された最…

浅野秀剛『ARTBOX 鈴木春信』(講談社 2017)

浮世絵師鈴木春信の活動期間は1760年の数え36歳から1770年に46歳で亡くなるまでの約10年間で制作点数は1000点を超える。本書にはそのなかから116点の浮世絵がカラー図版で収められている。書籍のサイズがA24取(140×148)と小さめのた…

田辺昌子『鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』(東京美術 2017)

B5判の判型に鈴木春信作品87点、比較対照用の春信以外の作者の作品20点を収めた解説本。野口米次郎や宮沢賢治が鈴木春信の浮世絵にインスパイアされて作成した詩などの紹介もあり、春信作品の特色と受容の歴史などに目配せが効いている。また使用された…

原作:ミゲル・デ・セルバンテス、訳・構成:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ『ドレのドン・キホーテ』(原作 1605, 宝島社 2012)

ドレの挿画178点とともに読む『ドン・キホーテ 正編』の縮約翻訳本。岩波文庫版だと正編=前篇部分が三冊で1200ページ、本作はドレの挿画を含めて446ページなので約3分の1の分量。原作を読むのに躊躇している人にとっても52の話が欠けることなく…

アルベルト・マルチニ監修『ファブリ世界名画集 72 ヴィットーレ・カルパッチョ』(原著 1964, 解説:目形照 平凡社 1973)

現代の日本においてヴィットーレ・カルパッチョの作品といえば、ふたりの高級娼婦の姿を描いたというコッレール美術館所収の『二人のヴェネツィアの女性』で、画家が活動していた当時の最先端のファッションを身にまとっている世俗的人物を、落ち着いた筆致…

ヤマザキマリ『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』(集英社新書 2015)

マンガ家でエッセイストのヤマザキマリは17歳から単身イタリアに渡って油絵と美術史を学んだ筋金入りの美術専門家であり美術愛好家である。現在もイタリア在住で、主にイタリアでの日常的な芸術体験がもとになった精神の自由をうたいあげる知性の輝きがま…

吉川一義『カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』』(中公新書 2022)

プルーストと絵画が専門の著者吉川一義は岩波文庫版『失われた時を求めて』の翻訳者でもある。2022年プルースト没後百年に出版された本書は、作品中陰に陽に言及される絵画作品に焦点を当て、長大な作品のさまざまな登場人物と作品があつかうさまざまな…

谷口江里也『ドレのロンドン巡礼 天才画家が描いた世紀末』(ドレの原作 18872, 講談社 2013)

地上に縛られることのない高貴さの象徴としての天使の素足と地上で虐げられた生活を強いられていることの悲惨さのあらわれとしての貧民の靴を履けない裸足。その両極の間に、貴族上流階級の着飾った姿に履かれるブーツ(女性は衣装のため靴は見えない)と労…

高木昌史『美術でよむ中世ヨーロッパの聖人と英雄の伝説』(三弥井書店 2020)

グリム兄弟や伝承文学などが専門のドイツ文学者高木昌史が文学と美術の両面から中世ヨーロッパの世界を案内する一冊。聖人や英雄伝説への入門あるいは再入門として伝説の概要とテキスト本文の引用がまず提示されたあと、その伝説に取材した視覚芸術家の作品…

『ドレの昔話』(原作:シャルル・ペロー、翻案:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ 宝島社 2011)

グリム兄弟によって収集された童話集に先行するフランス人詩人のシャルル・ペローによる民間伝承をベースにした物語集。谷口江里也によって現代風にアレンジされているところもあるようだが、基本的にシャルル・ペロー作品に忠実で、近代的な物語の枠組みか…

谷口江里也『ラ・タウロマキア(闘牛術)/ロス・ディスパラテス 視覚表現史に革命を起した天才ゴヤの第三・四版画集』(未知谷 2016)

近代絵画の扉を開いたゴヤ晩年の二つの版画集。 第三版画集『ラ・タウロマキア(闘牛術)』は1816年の刊行。ゴヤ70歳での作品集。未刊行の第二版画集『戦争の悲惨』から6年後の刊行になる版画集は、ゴヤの愛した闘牛の世界に取材した作品集。闘牛の歴史…

谷口江里也『戦争の悲惨 視覚表現史に革命を起した天才ゴヤの第二版画集』(未知谷 2016)

第二版画集『戦争の悲惨』は1810年、ゴヤ64歳の年に制作を開始されたと考えられる未刊行の第二版画集。1806年からのナポレオン軍のスペイン侵攻に対して、スペイン全土に湧き上がった民衆ゲリラ軍の決死の戦いを、依頼もなく出版の目途も立たない…

谷口江里也『ロス・カプリチョス 視覚表現史に革命を起した天才ゴヤの第一版画集』(未知谷 2016)

ゴヤの第一版画集『ロス・カプリチョス』は1798年、ゴヤ52歳の時の自費出版作品。この年はスペインの首席宮廷画家にも任命された年でもあったが、フランス革命以降の市民社会の動向、王室や教会の権威の弱体化を感じて、国家最上層のパトロンを相手に…

『ドレの旧約聖書』『ドレの新約聖書』(訳構成:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ 宝島社 2010)

旧約聖書の挿画が155点、新約聖書の挿画が78点。いずれも精緻な木口木版画作品で、聖書の世界に見るものを引き込まずにはおかない傑作ぞろい。「古典文学の世界を、自らが描いた圧倒的な量の画像で視覚的に物語る」というドレが掲げた一大目標のうちで…

萬屋健司『ヴィルヘルム・ハマスホイ 静寂の詩人』(東京美術 ToBi selection 2020)

19世紀末から20世紀にかけて活動したデンマーク人画家、ヴィルヘルム・ハマスホイ。本書には、同時代の交流のあった画家たちの作品がわりと沢山紹介されていて、時代の風潮としてほかの画家たちと似かよっているところと、誰にも似ないハマスホイならではの…

原田マハ+ヤマザキマリ『妄想美術館』(SB新書 2022)

美術を愛する作家二人によるアート談義。両人ともにエピソードが常人離れしているので、短いパッセージのなかに情報と情動が凝縮されていて、読み手は凝視せざるをえない。さらに、編集部の優れた仕事振りが伺える注記と図版による補完体制が質量ともに充実…

佐藤直樹監修『ヴィルヘルム・ハマスホイ 沈黙の絵画』(平凡社コロナ・ブックス 2020)とリルケの『マルテの手記』

実現するにはいたらなかったがリルケがロダンに次いで作家論を書こうとしていたのが本書で紹介されているデンマーク・コペンハーゲンが生んだ特異な象徴主義の画家ヴィルヘルム・ハマスホイ。「北欧のフェルメール」とも言われるハマスホイであるが、フェル…

アンドレ・ブルトン+アンドレ・マッソン『マルティニーク島 蛇使いの女』(原著 1948, 松本完治訳 エディション・イレーヌ 2015)

第二次世界大戦下のフランス、1940年6月ナチスドイツの侵攻によりパリが陥落したのち、ナチスの傀儡であるヴィシー政権が成立、危険な無政府主義者たちあるいは退廃芸術家と目されていたシュルレアリストたちは、アメリカへの亡命を余儀なくされた。本…

山田五郎『へんな西洋絵画』(講談社 2018)

絵が下手がゆえにどうにもへんな画面を創ってしまう画家と、上手すぎるがゆえに恐ろしいまでに緻密で驚異的な画面を創ってしまう画家がいるということをベースにして、時代の技術的要請と感覚的枠組みを交えながら、こころざわつくへんな西洋絵画を解説する…

ロジェ・カイヨワ『石が書く』(原著 1970, 訳:菅谷暁/ブックデザイン:山田英春 創元社 2022)

図版だけ眺めているだけでも楽しめる、カイヨワの石コレクションをベースにつくりあげられた、石にひそむ記号探索の書。風景石、瑪瑙、セプタリア(亀甲石)、ジャスパー(碧玉)などの自然石にあらわれる形態が、想像力を刺激して連想類想を生む不思議を十…

ロジェ・カイヨワ『蛸 想像の世界を支配する論理をさぐる』(原著 1973, 塚崎幹夫訳 青土社 2019, 中央公論社 1975)

蛸のイメージの変遷を、古代神話からロマン派の空想世界の魔物を経て現代の合理的解釈と精神分析的解釈まで概観し、物に対して想像力が働く様相を明らかにしていく、関心領域の広いカイヨワならではの類を見ない思索の結晶。蛸に親しみを抱いて文化に取り込…

樋口一貴『もっと知りたい円山応挙 生涯と作品 改訂版』(東京美術 2022)

安永天明期(1772-1789)の京都画壇で若冲や池大雅を抑えて最も人気の高かった円山応挙の画業の質の高さと幅の広さを、時代背景やパトロンの存在などとともに紹介した贅沢な入門書。改訂版では巻頭特集の「七難七福図巻」を増補。応挙の才能を見出した円満院…

五味文彦「『一遍聖絵』の世界」(吉川弘文館 2021)

『絵巻で歩む宮廷世界の歴史』や『絵巻で読む中世』を書いた国文学者五味文彦が、鎌倉時代の名品、国宝『一遍聖絵』(1299)を単独で取り上げ解説した作品。主立った場面を図版で提示しながら、そこに描き込まれた社会や人々の様子やものの名を言語化して、視…

松岡正剛『情報の歴史を読む 世界情報文化史講義』(NTT出版 1997)と松岡正剛監修『増補 情報の歴史 象形文字から人工知能まで』(NTT出版 1996)

2021年に再増補版として『情報の歴史21―象形文字から仮想現実まで』が編集工学出版社から刊行されているらしいのだが、今回私が覗いてみたのは、ひとつ前の増補版『増補 情報の歴史 象形文字から人工知能まで』。第八ダイアグラムの「情報の文明―情報…

松岡正剛『間と世界劇場 主と客の構造2』(春秋社 1988)

昭和63年(1988)は今から34年前、編集者松岡正剛30代後半から40代前半に行った対談10篇を集めた一冊。錚々たる対談相手にすこしも引けを取らない松岡正剛の博覧強記ぶりに舌を巻く。それぞれの専門分野以外についても視界が広く且つ深い人たちの放…