読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

評伝

パスカル・ボナフー『レンブラント 光と影の魔術師』(原著 1990, 創元社 「知の再発見」双書98 SG絵で読む世界文化史 2001 監修:高階秀爾、訳:村上尚子)

レンブラントの生涯と作品を追う本篇とレンブラントの実像にいくつかの角度から迫る資料篇の二段構成からなるコンパクトでありながら充実した導入書。本篇を執筆したのがフランスの作家、小説家、美術評論家であるパスカル・ボナフーで、レンブラントの起伏…

イヴ・ボヌフォワ『ジャコメッティ作品集 ―彫刻・絵画・オブジェ・デッサン・石版画―』(原著 1991, 訳:清水茂 リブロポート 1993 本体37500円)

20世紀のフランスを代表する詩人のひとりイヴ・ボヌフォアの重厚なテクストとともにアルベルト・ジャコメッティの生涯と創作の軌跡をたどることができる充実した作品集。 本書は20年ほど前に池袋西武の三省堂美術洋書コーナーにて9000円くらいで購入…

矢内原伊作『完本 ジャコメッティ手帖 Ⅰ』『完本 ジャコメッティ手帖 Ⅱ』(みすず書房 2010)

矢内原伊作がジャコメッティに出会いはじめてモデルとなった1955年から最後にモデルをつとめた1961年までの手帖を編集したジャコメッティ晩年の創作現場を身近にうかがえる貴重な資料集。日々繰り返されるジャコメッティの感覚と思考の基本的な動きが濃密に…

柏倉康夫『評伝 梶井基次郎 ―視ること、それはもうなにかなのだ―』(左右社 2010)

マラルメの研究・翻訳で多くの著作を持つ元NHKキャスターで放送大学教授でもあった柏倉康夫が25年の歳月をかけて書き上げた大部の梶井基次郎伝。多彩な人物のライフワークのひとつであろう。こだわりを持っている対象ではあろうが、著者の多才さゆえに…

ミア・チノッティ『カラヴァッジオ 生涯と全作品』(原著 1991, 森田義之訳 岩波書店 1993)34×28cm

カラヴァッジオ研究の権威ミア・チノッティの学術書『ミケランジェロ・メリージ,通称カラヴァッジオ:全作品』(1983)を一般向けに平易に書き直し再構成されたもの。年代順にカラヴァッジオの生涯と作品を追っていく堅実な作家論であり画集でもある。カラー…

栗原康『大杉栄伝 永遠のアナキズム』(角川ソフィア文庫 2021, 夜光社 2013)

現代日本の政治学者でアナキズム研究家である栗原康の二冊目の著作。快作であり怪作である『村に火をつけ、白痴になれ――伊藤野枝伝』(岩波書店、2016年)や『死してなお踊れ――一遍上人伝』(河出書房新社、2017年)に先行するアナーキーな人物評伝の第一作…

ベルナール・ドリヴァル+イザベル・ルオー『ルオー全絵画』(原著 1988, 柳宗玄+高野禎子訳 岩波書店 1990)

ジョルジュ・ルオーの全絵画の目録。掲載作品数全2568点。装飾美術学校に通っていた1885年の10代の素描から、1956年85歳での油彩作品までを、時代ごとテーマごとに分けて網羅した大型本。全二冊、総ページ数670ページ。売価88000円…

藤岡忠美『紀貫之』(講談社学術文庫 2005, 集英社 王朝の歌人シリーズ 1985)

紀貫之はいわずと知れた『古今和歌集』の編者で『土佐日記』の作者。かな文学創生期の大人物であるが、公的な役職地位は低く(といっても貴族階級に属し、支配階級との交流もあるのだが)、伝記的な資料はかなり限られている。人生の再現するのに確実な記録…

近藤恒一『ペトラルカ 生涯と文学』(岩波書店 2002)

ペトラルカの父、セル・ペトラッコはダンテと同じく教皇派の白派に属しており、ダンテ同様フィレンツェから追放、財産も没収された受難の人であった。 息子のペトラルカも幼くして生まれ故郷のイタリアを離れ、21歳の時には父を失い、後ろ盾のない苦難の非…

山口晃『親鸞 全挿画集』(青幻社 2019)

五木寛之作『親鸞』三部作の新聞連載時に挿画として書かれた全1052点に、山口晃の書下ろし絵解きコメントをつけた全696頁におよぶ大作。カット、漫画、版画調あるいは判じ絵などの様々な表現技法によって、その時々の作画情況と該当するテキストの解…

続々日本絵巻大成 伝記・縁起篇1『善信聖人親鸞伝絵』(小松茂美編 中央公論社社 1994)

『善信聖人親鸞伝絵』は親鸞の曽孫にあたる覚如が、親鸞没後33年の1295年に自ら詞書を染筆し完成させた伝記絵巻。絵師は不明だが、絵からはしっかりした技量が伝わってくる。寺社の室内での場面が多く、比較的動きの少ない絵巻だが、描かれている人物…

ベルナール・ジュルシェ『ジョルジュ・ブラック 絵画の探究から探究の絵画へ』(原著 1988, 北山研二訳 未知谷 2009)

フランスの近代芸術史家による本格的なジョルジュ・ブラック論。日本語版ではページの上部四分の一が図版掲載スペースになっていて、論じている対象や該当の時代を象徴する作品をたくさん取り上げている。図版数全227点。モノクロームでしかも限られたス…

三木紀人『鴨長明』(講談社学術文庫 1995, 新典社 1984)

広範な資料を読み解き、細部を形成している言葉の選択から人物の考えや動向をリアルに特定し、資料に残されていないものに関しては想像力をもって踏み込んだ人物像を描きあげている、出色の鴨長明伝。比較的硬質の文体での記述でありながら、学術的な感触よ…

五味文彦『鴨長明伝』(山川出版社 2013)

歴史学者が鴨長明の三作品『無名抄』『方丈記』『発心集』と残された和歌、そして関連作品・関連資料を綿密に読み込んだうえで提示した信憑性の高い鴨長明の伝記作品。散文三作品が書かれた順番やおおよその時期を確定し、また鴨長明の生年と残されたエピソ…

水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(小学館 2013, 講談社水木しげる漫画大全集092 2018)

水木しげる91歳での作品。画力も、構成も、調査も、どこにも衰えの見えないところに唖然とさせられる。 混迷を深める21世紀の世界情勢と、東日本大震災の痛みが生々しく残るなか書き下ろされた作品で、平安末期から鎌倉初期にかけての激動の時代を生き、…

末永照和『評伝ジャン・デュビュッフェ アール・ブリュットの探究者』(青土社 2012)

芸術の使命は創造的壊乱と個性の本来的な独走表現にあるといった信念のもとに生き活動したジャン・デュビュッフェの肖像を活写した日本オリジナルの評伝。シュルレアリスムの帝王アンドレ・ブルトンとも正面切って論争し、自分の主張や感情を曲げず傍若無人…

永野藤夫訳『聖フランシスコの小さき花』(講談社 1986)

聖フランシスコばかりでなく、フランシスコ会の兄弟信徒の行状も多く描かれている聖人伝。全53のエピソード。キリストや天使や聖人たちの幻を見ることも、奇蹟を行うことも、頻繁に起きていて、すべて肯定的に描かれている。フランシスコ会発足当初の時代…

三好達治『萩原朔太郎』(筑摩書房 1963, 講談社文芸文庫 2006)

萩原朔太郎を師と仰ぐ三好達治の詩人論。『月に吠える』『青猫』で日本の口語自由詩の領域を切り拓いたのち、「郷土望景詩」11篇において詩作の頂点を迎えたと見るのが三好達治の評価で、晩年の『氷島』(1934)における絶唱ならぬ絶叫は、詩の構成からい…

石原八束『駱駝の瘤にまたがって ――三好達治伝――』(新潮社 1987)

生前の三好達治の門下生として親しく交流した俳人石原八束による三好達治の伝記評伝。 散文の表現能力に秀でている石原八束によって再現される三好達治は、生身の三好達治に限りなく近い像を与えてくれていることは疑いようもないことではあるのだが、昭和初…

畠中哲夫『三好達治』(花神社 1979)

越前三国の地で三好達治の門下生であった詩人畠中哲夫による評論。三好達治自身の作品や生前実際にかわされたことばはもちろんのこと、同時代周辺の文学者たちの表現を多くとりこんで、詩人三好達治の存在がいかなるものであったかを、重層的に表現している…

大谷崇『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』(星海社新書 2019)

題名も装丁も青年層向けを意識したもので、中高年が手を出すには気恥ずかしさがある作品ではあるが、シオラン研究者が大学の紀要や哲学討論会での発表の内容をもとにして創りあげられたもので、内容的には手際よくしかも批判的視点を交えながら的確にシオラ…

堀田彰『人と思想 6 アリストテレス』(清水書院 1968, 2015)

先日読んだ『人と思想 83 エピクロスとストア』が良かったので、同じ著者の『人と思想 6 アリストテレス』にも手を出してみた。対象がアリストテレスという大きな存在であるために、思想全般を扱おうとすると凝集度についてはやや落ちている印象があるが、そ…

栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波現代文庫 2020, 岩波書店 2016)

欲望全開の人が数多く出てくる評伝。はじめのパートナーはダダイストの辻潤、二番目のパートナーはアナキストの大杉栄、いずれも反体制派の強烈な個性の持ち主だが、本書を読むと伊藤野枝は二人を上回る個性的な言動を生み出した人物であることがわかる。伊…

栗原康『死してなお踊れ 一遍上人伝』(河出書房新社 2017, 河出文庫 2019 )

一遍かっこいい!と思ったアナキズム研究者栗原康が書いた憑依型評伝。栗原康の文体は研究者が対象を扱うというよりも自分の経験と体感を溢れさせるようにしたもので、研究者というよりも作家と思って接した方が良い。すべてを棄てて念仏を広めるために日本…

岩佐美代子『永福門院 飛翔する南北朝女性歌人』(笠間書院 1976, 2000)

永福門院の全作品387首と玉葉・風雅収録全作品の評釈と伝記からなる一冊。永福門院の全貌に触れることができる。歌ばかりでなく、伏見院亡き後の北朝持明院統の精神的支柱でもあった永福門院を伝記で知ることで、南北朝時代にも関心を持たせてくれる。歴…

コレクション日本歌人選012 阿尾あすか『伏見院』(笠間書院 2011)

『新古今和歌集』以後の停滞していた歌の世界に新風を起こした京極派の代表的歌人で、『玉葉和歌集』の下命者でもある伏見院。後鳥羽院とはまた違ったタイプの天才的歌人であったようだ。 撰者の一人で代表的歌人であった定家と反りが合わなかった後鳥羽院に…

コレクション日本歌人選030 小林守『永福門院』(笠間書院 2011)

京極派を代表する歌人永福門院は伏見院の中宮で、政治的には南北朝時代に大覚寺統と対立した持明院統を支えた中心的人物。京極派の平明で心に染み入るような歌風を代表する歌人で『玉葉和歌集集』に49首、『風雅集』に69首採られている。激動の時代のた…

コレクション日本歌人選053 石澤一志『京極為兼』(笠間書院 2012)

定家の曽孫にあたる京極為兼。定家晩年の嗜好を受け継ぎ、歌言葉の伝統を踏まえた優美で温雅な読みぶりを主張していた主流の二条派に対して、心のうごきを重視し、伝統的な修辞の枠にこだわらない言葉によって新しい歌の姿を確立しようとしたのが京極派とい…

『長秋詠藻』とコレクション日本歌人選063 渡邉裕美子『藤原俊成』(笠間書院 2018)

後鳥羽院をして理想の歌の姿だと言わしめた藤原俊成の歌であるが、実際に読んでみるとどの辺に俊成の特徴があるのかということはなかなか指摘しづらい。薫り高く華麗な読みぶりで、華やかであるとともに軽やかさがあるところに今なお新鮮味を感じさせるが、…

「伊勢集」とコレクション日本歌人選023 中島輝賢『伊勢』(笠間書院 2011)

王朝和歌の世界を決定づけた三代集第一の女性歌人は小野小町ではなく伊勢。小野小町は謡曲ほか様々な伝説として現代にまで残っているが、伊勢は伝説になるには輝かしすぎるほどの男性遍歴と子を残し、現実の裏付けのある恋歌と哀歌を残した。同時代歌人との…