評伝
萩原朔太郎を師と仰ぐ三好達治の詩人論。『月に吠える』『青猫』で日本の口語自由詩の領域を切り拓いたのち、「郷土望景詩」11篇において詩作の頂点を迎えたと見るのが三好達治の評価で、晩年の『氷島』(1934)における絶唱ならぬ絶叫は、詩の構成からい…
生前の三好達治の門下生として親しく交流した俳人石原八束による三好達治の伝記評伝。 散文の表現能力に秀でている石原八束によって再現される三好達治は、生身の三好達治に限りなく近い像を与えてくれていることは疑いようもないことではあるのだが、昭和初…
越前三国の地で三好達治の門下生であった詩人畠中哲夫による評論。三好達治自身の作品や生前実際にかわされたことばはもちろんのこと、同時代周辺の文学者たちの表現を多くとりこんで、詩人三好達治の存在がいかなるものであったかを、重層的に表現している…
題名も装丁も青年層向けを意識したもので、中高年が手を出すには気恥ずかしさがある作品ではあるが、シオラン研究者が大学の紀要や哲学討論会での発表の内容をもとにして創りあげられたもので、内容的には手際よくしかも批判的視点を交えながら的確にシオラ…
先日読んだ『人と思想 83 エピクロスとストア』が良かったので、同じ著者の『人と思想 6 アリストテレス』にも手を出してみた。対象がアリストテレスという大きな存在であるために、思想全般を扱おうとすると凝集度についてはやや落ちている印象があるが、そ…
欲望全開の人が数多く出てくる評伝。はじめのパートナーはダダイストの辻潤、二番目のパートナーはアナキストの大杉栄、いずれも反体制派の強烈な個性の持ち主だが、本書を読むと伊藤野枝は二人を上回る個性的な言動を生み出した人物であることがわかる。伊…
一遍かっこいい!と思ったアナキズム研究者栗原康が書いた憑依型評伝。栗原康の文体は研究者が対象を扱うというよりも自分の経験と体感を溢れさせるようにしたもので、研究者というよりも作家と思って接した方が良い。すべてを棄てて念仏を広めるために日本…
永福門院の全作品387首と玉葉・風雅収録全作品の評釈と伝記からなる一冊。永福門院の全貌に触れることができる。歌ばかりでなく、伏見院亡き後の北朝持明院統の精神的支柱でもあった永福門院を伝記で知ることで、南北朝時代にも関心を持たせてくれる。歴…
『新古今和歌集』以後の停滞していた歌の世界に新風を起こした京極派の代表的歌人で、『玉葉和歌集』の下命者でもある伏見院。後鳥羽院とはまた違ったタイプの天才的歌人であったようだ。 撰者の一人で代表的歌人であった定家と反りが合わなかった後鳥羽院に…
京極派を代表する歌人永福門院は伏見院の中宮で、政治的には南北朝時代に大覚寺統と対立した持明院統を支えた中心的人物。京極派の平明で心に染み入るような歌風を代表する歌人で『玉葉和歌集集』に49首、『風雅集』に69首採られている。激動の時代のた…
定家の曽孫にあたる京極為兼。定家晩年の嗜好を受け継ぎ、歌言葉の伝統を踏まえた優美で温雅な読みぶりを主張していた主流の二条派に対して、心のうごきを重視し、伝統的な修辞の枠にこだわらない言葉によって新しい歌の姿を確立しようとしたのが京極派とい…
後鳥羽院をして理想の歌の姿だと言わしめた藤原俊成の歌であるが、実際に読んでみるとどの辺に俊成の特徴があるのかということはなかなか指摘しづらい。薫り高く華麗な読みぶりで、華やかであるとともに軽やかさがあるところに今なお新鮮味を感じさせるが、…
王朝和歌の世界を決定づけた三代集第一の女性歌人は小野小町ではなく伊勢。小野小町は謡曲ほか様々な伝説として現代にまで残っているが、伊勢は伝説になるには輝かしすぎるほどの男性遍歴と子を残し、現実の裏付けのある恋歌と哀歌を残した。同時代歌人との…
名利関係なしの本格的な数寄者、能因。歌に耽溺する人物は歴史上数多くいるとはいえ「能因歌枕」のような後世に大きな影響を与えるほどの著作を持つ歌人はなかなかいない、俗世間から離れ歌枕を訪ね歩く漂白の歌人として、後の西行や芭蕉に大きな影響を与え…
初版は1973年に筑摩書房から刊行された「日本詩人選」の10巻目の『後鳥羽院』で、翌1974年には読売文学賞の評論・伝記賞を受賞している名著で、第二版の第一部部分をなす。それから30年、1978年の『日本文学史早わかり』や1999年の『新々百人一首』など、…
道元の生涯をたどりながら思想と布教の展開を跡づけるという、いつもながらのひろさちやの語り口で成立している一冊。 ひろさちやが道元を見る時のポイントとなっているのは、貴族が没落し権勢が武家に取って代わられる鎌倉初期の激動の渦中にあった超名門貴…
カラー図版48点に著者ハンス・K・レーテルによる図版解説と序文がついた大判の画集。油彩だけでなく木版画やリトグラフなどの作品にも目配せがされているカンディンスキーの画業全般の概要を知ることができる一冊。全油彩点数1180点から見れば、参照用の…
20世紀への転換期にあたる時期、野口米次郎(ヨネ・ノグチ)の詩人・文化人としての前半生と、極東日本の神秘性を期待して無名のノグチを受容していった英米の文化芸術層の様子をコンパクトにまとめあげた興味深い一冊。 世紀末思想、アメリカのフロンティ…
エンツェンスベルガーの第五詩集全訳。十四世紀から二十世紀までの進歩の過程に名を刻んだ者たち三十七人の肖像を、アイロニカルな視線で詠いながら、二十世紀も終わりに差し掛かろうとしている1975年時点の状況、歴史の積み上げによって生まれている状…
『方丈記私記』『定家明月記私抄』『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』『別離と邂逅の歌』『堀田善衞詩集 一九四二~一九六六』と堀田善衞の作品を読みすすんできて、次は何を読もうかということと、他の人はどんな風に読んでいるのかを知りたくて手に取った一冊…
『この世 この生 ― 西行・良寛・明恵・道元』に先行すること5年、上田三四二、56歳の時の刊行作品。醇化しまろやかになる前の荒々しく切り込んでいく姿勢が感じられるのは、壮年の心のあり様がでたのであろうか。語りの対象と同じく歌に生きる者の厳しい…
深く激しい表現の発露のもとにあるものを、ノイローゼという言葉で表現しているところに、本書が書かれた時代の空気感と馬場あき子40代の激しさのようなものがすこし感じられ、ほんのすこしだけたじろいだりもするのだが、多くは式子内親王の歌を読み込み…
小説。 『箴言録』で有名なラ・ロシュフーコーが残した『回想録』の体裁にならって(単行本p398参照)、ラ・ロシュフーコー公爵フランソワ六世が語り手となり、三人称形式と一人称形式を混ぜ合わせながら、ラ・ロシュフーコー家の歴史と十七世紀フランスを中…
明治初期に初めて日本人として本格的に油彩を受容導入した高橋由一についての人物評伝。著者のあとがきから小説風の体裁をとりたかった意向を感じ取ることができる。章立ても第何話というようになっていて、高橋由一の人物像が感覚的によく伝わる。武士の気…
著者70歳での著述。モンテーニュの訳者、研究者としての海外調査旅行、シンポジウム参加などの様子が織り交ぜられてモンテーニュが語られている。どことなく退官記念の記念出版物のような、力の抜けた味わいがある。著者はクラシック音楽にも造詣が深く、…
現在最新の宮下志朗の一代前の『エセー』完訳者、一番流通しているであろう岩波文庫版『エセー』翻訳者によるモンテーニュの評伝。生涯と思想という括りできっちり語られているので、重量感はこちらのほうが宮下志朗『モンテーニュ 人生を旅するための7章』…
宮下志朗は『エセー』のあたらい翻訳者。みすず書房の抄訳、白水社の全訳を経ての、岩波新書での導入ガイド。しっかりした分量の引用が多く、解説もしっかりしているので、いいとこどりの名所ツアーに参加しているような気分になる。宮下志朗も親しみやすい…
抵抗者という視点から中井正一を語った一冊。理論的な骨格を描き出した「委員会の論理」(1936)とそれを広範に向けて拡張展開した「美学入門」(1951)を中心に中井の弁証法的唯物論を核に据えた論考を読み解いている。 中井正一が『美学入門』のなかで展開…