読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

講演

ジャック・デリダ『最後のユダヤ人』(原講演 1998, 2000, 原書 2014, 渡名喜庸哲訳 未来社 2016)

フランス領アルジェリア出身のユダヤ系フランス人という自らの出自に正面から向き合い語られた講演二本。 主に学校という公共空間をとおして、ユダヤ人という符牒のもとに疎外されることに恐怖のようなものを感じ、且つ、疎外されたものたち同士が保身のため…

蓮實重彦『知性のために 新しい思考とそのかたち』(岩波書店 1998)結果よりも過程が大切らしい

第26代東京大学総長時代(1997-2001)の9講演を収めた書籍。久しぶりに再読。頻繁にドゥルーズの『差異と反復』に言及していることにちょっと驚く。『マゾッホとサド』やフーコー論『新たなるアルシヴィスト』の翻訳者でもあるので別に驚くこともないのだが…

ゲオルク・ジンメル『文化論』(阿閉吉男編訳 文化書房博文社 1987)ジンメル50歳台の後期思想「生の哲学」が根底に流れる熱量の高い文化論

50歳を越えてからのジンメルが生の展開や発展や開化や更新ということを強く説くようになったのは、ニーチェに傾倒した思想的背景が前面化してきたのに加え、老いを迎え病も得やすくなった自分自身を鼓舞する意味もあったのではないかと勝手に想像しながら…

ジャック・デリダ『痛み、泉 ― ヴァレリーの源泉』(1971 ヴァレリー生誕百周年記念講演 佐々木明訳 )ヴァレリーとフロイト、ニーチェの親近性

ヴァレリーのカイエの読解からフロイト、ニーチェとの親近性を説く論考。そして自己聴解という点においてヴァレリーとデリダ自身の親近性をも示す論考となっている。 源泉が何ものかとなった――これこそが不可解なことだ――とき、起源のそれ自身に対するこの遅…

マルティン・ハイデッガー『有についてのカントのテーゼ』(原書 1961, 1963 理想社ハイデッガー選集20 辻村公一 訳 1972) 超越論的統覚と論理学

大事なことが語られることはなんとなくわかるが、読み取るのが難しい。訳文が旧字旧仮名なので輪をかけて難しくなっている。また今度に備えてメモ。 【カントの『純粋理性批判』の中での注解(§16, B134, Anm.)】 かくして統覚の総合的統一は最高点であり、…

マルティン・ハイデッガー「プラトンの真理論」(原書 1947, 1954 理想社ハイデッガー選集11 木場深定 訳 1961)「洞窟の譬喩」についての考察

自由は正当な要請に従う自由であって、単に無軌道無拘束ということとは異なる。 さてしかし、すでに洞窟の内部においてすら眼を影から火の光の方へ、またその火の光の中で自らを提示する事物の方へ向けることが困難であり、のみならず成功しないとすれば、い…

マルティン・ハイデッガー「真理の本質について」(原書 1943, 1949, 1954 理想社ハイデッガー選集11 木場深定 訳 1961)真理の本質は自由、非真理と非本質は・・・

人間の常態にあっては、真理の本質が安らっているわけではなく、真理の本質に到らない非本質と非真理が支配している。まず大切なのは常態で無茶苦茶しないこと。そのために常態である非本質と非真理の様相を知る必要がある。 【非本質】通常のものに安住する…

マルティン・ハイデッガー「形而上学の存在-神-論的様態」(原書 1957, 理想社ハイデッガー選集10『同一性と差異性』 大江精志郎 訳 1961)二つ以上のものの関係性ではなく、同一のものからの差異化が語られる

ヘーゲルの『論理の学』(『大論理学』)の哲学演習をまとめて講演した際のテキスト。存在と存在するものとが同一なるものにもとづいて差異を分かち合うことを論述している。 存在は顕わしつつ〔隠蔽を取り除きつつ〕ある転移として自らを示す。存在するもの…

マルティン・ハイデッガー「同一性の命題」(原書 1957, 理想社ハイデッガー選集10『同一性と差異性』 大江精志郎 訳 1961)「A=Aという型式は何を言い表しているのであるか?」

同一性の命題、この最上位の思考法則はなにを言い表しているのかという、日常的には浮かび上がっては来ない問いを問い、答えをあたえようとする講演論文。パルメニデスの言葉「同じものは即ち思考であるとともにまた存在である」を軸に、解き明かしが試みら…

マルティン・ハイデッガー『哲学とは何か』(原書 1956 理想社ハイデッガー選集7 原佑 訳 1960) 驚異というパトス

まだ若いうちは恐怖はあっても驚異はなかったが、老眼が出はじめた二年前くらいから、恐怖も驚異も共に感じる精神状態になってきた。そのためもあってか、哲学書もわりとよく読むようになってきた。老いはじめてはじめて知るようになった、存在していること…

マルティン・ハイデッガー「ヘーゲルの『経験』概念」(原書 1950 理想社ハイデッガー選集2 細谷貞雄 訳 1954) 『精神現象学』を評価するハイデッガー

ヘーゲルが『精神現象学』を一八〇七年にはじめて公表した際の表題「意識の経験の学」の「経験」にこだわって講義論述された論文。学問の世界で一般的に流通している「現象学」ではなくて「経験の学」こそ大事だという主張がある。 自己の知が対象に即応しな…

マルティン・ハイデッガー「ニーチェの言葉・『神は死せり』」(原書 1950 理想社ハイデッガー選集2 細谷貞雄 訳 1954)反プラトニズム、形而上学の死を語る哲学

価値について語ることが広く行われはじめたのは十九世紀になってから、とくにニーチェ以降の現象であるとハイデッガーは指摘する。なるほど、神が生きていた時代には神と神の体系を語っていればよかった。それが失効したときに、新たな価値をみんなが探しは…

マルティン・ハイデッガー『形而上学とは何か』(原書 1929, 後語 1943, 緒論 1949 理想社ハイデッガー選集1 大江精志郎 訳 1961) 「何故一体存在事物が在って、却って無ではないのか」

フライブルク大学教授就任にあたっての公開就任講演。内容が「無」と「不安」という概念をめぐるものであったため、講演後にニヒリズムの思想ではないかなどといった非難や誤解が多く発生、そのため、後に「後語」と「緒論」を追加することになった。その間…

マルティン・ハイデッガー『現象学と神学』(原書 1927, 1964, 1970 理想社ハイデッガー選集28 渡部清 訳 1981) 言葉をめぐる二つの著述

題名に神学の文字がはいる二つのテクストはともに言葉をめぐる思索の成果である。「現象学と神学」は学問の言葉について、「「現代の神学における非客観化的思考と言表の問題」に関する神学的討論のための主要な観点に与える若干の指摘」は詩の言葉について…

マルティン・ハイデッガー『世界像の時代』(原書 1938, 1950 理想社ハイデッガー選集13 桑木務 訳 1962)第二次世界大戦勃発前の講演

一九三八年六月九日、もとは「形而上学による近代的世界像の基礎づけ」と題されて行われた講演とそれに付随するハイデッガーによる補遺。近代の偉大さと危うさをめぐる思索が展開されているなかで、大戦前のきな臭いにおい、危機感のようなものも伝わってく…

マルティン・ハイデッガー『アレーテイア ― ヘラクレイトス・断片一六』(原書 1943, 1954, 理想社ハイデッガー選集33 宇都宮芳明訳 1988)

『ロゴス』につづいてヘラクレイトスの断片についての解釈。ヘラクレイトスは暗い人だが、その暗さの中でしか見えてこないほのかな明かりのはたらき(「明るめ」)があるとハイデッガーは説き続ける。 《決して没しないものを前にして、ひとはいかにして自分…

マルティン・ハイデッガー『放下』(原書1959, 理想社ハイデッガー選集15 辻村公一訳 1963)

「計算する思惟」と「省察する思惟」「追思する思惟」を区別するハイデッガー。二系統の思惟の違いが本当にあるものかどうかよくわからない。計算の中にはシミュレーションもフィードバックの機構も組み込むことは可能なので、機械的な思考と人間的な思考の…

マルティン・ハイデッガー「へーベル ― 家の友」(原書1956, 理想社ハイデッガー選集8 高坂正顕・辻村公一 共訳 1960)

ヨハン・ペーター・ヘーベルはドイツ語方言であるアレマン語によって詩集を編んだ詩人。ハイデッガーは母なる言葉、国言語の重要性に眼を向ける思索者なので、ヘーベルのような民衆詩人を称揚する。本論文は、ヘーベルの活動を語りつつ、二〇世紀の機械化の…

マルティン・ハイデッガー『ヘルダーリンの詩の解明』(原書1951, 理想社ハイデッガー選集3 手塚富雄他訳 1963)

よく引用されるヘルダーリン論四篇が収録されている。 「帰郷――近親者に寄す」(1943) 訳:手塚富雄「ヘルダーリンと詩の本質」(1936) 訳:斎藤信治『あたかも、祭の日の・・・・』(1939) 訳:土田貞夫、竹内豊治『追想』(1943) 訳:土田貞夫、竹内豊治 こと…

マルティン・ハイデッガーの技術論二篇「技術への問い」(1949,1955)「転向」(1949)(理想社ハイデッガー選集18 小島威彦・アルムブルスター 共訳 1965)

ヘルダーリンの詩篇に導かれるかたちをとって展開される現代技術論。 されど危険の存するところ、おのずから救うものもまた芽生う。ヘルダーリン「パトモス」(部分) 危険がまさに危険と言われるべき危険としてあるところには、既に救うものもまた生育して…

マルティン・ハイデッガーのヘルダーリン論二篇「ヘルダーリンの地と天」(1959),「詩」(1968)(理想社ハイデッガー選集30『ヘルダーリン論』 柿原篤弥 訳 1983)

ヘルダーリンを論じながら現代技術世界における自然とのかかわりを問う論考。 まずは詩人とは何か、何が大事かについて一九六八年の講演『詩』で説かれているところを見ると、以下となる。 肝要なるは、おのれのものの正しき有(たも)ちを完遂することであ…

マルティン・ハイデッガーのシュテファン・ゲオルゲ論『言葉』(初出 1958, 理想社ハイデッガー選集14 三木正之訳 1963)

原題は「詩作と思索 シュテファン・ゲオルゲの詩《言葉》に寄せて」。 言葉 (部分) あるとき私は よい旅のあとで 着いたゆたけく また 愛らしい宝石を一つもって 女神は長らく探し それから私にお告げをくれた、<さようなものは この深い底に 眠ってはお…

松浦寿輝『波打ち際に生きる』(羽鳥書店 2013)

松浦寿輝の東京大学退官記念講演と最終講義をまとめた一冊。読後に襲ってきたのは不安感。到底この人の域には行きつけないのに、なに読んでいるんだろうという無力感みたいなものが湧いてきた。才能があるのに何故日本では輝いて幸福そうには見えないのかと…

大江健三郎『読む人間』(集英社 2007, 集英社文庫 2011)

大江健三郎の読書講義。 2006年に池袋のジュンク堂で行われた6本の講演と、同じく2006年に映画「エドワード・サイード OUT OF PLACE」完成記念上映会での講演に手を入れて書籍化したもの。執筆活動50周年記念作。 現代日本の読書人であれば一冊くらい大江健…

マルセル・モース「文明 要素と形態」(1930)

身体的な欲求も社会的な欲望も他なるものを取り込みながら同化変容していく。活動領域や交換法則は整備されながら拡大していく。同質化の動きは避けられない。 確実なのは以下のことどもです。現在までの未曽有の相互浸透がもはや定着していること。個々の国…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「象徴作用」(1927)その3

象徴作用によって存在しているものは実際には存在していないがゆえに誤謬と仲が良い。けれども存在していないからといってすべてを取り払うことも出来ない。事物に働きかける外的な強制力もある。 象徴作用と直接的知識とのあいだには、一つの大きい相違があ…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「象徴作用」(1927)その2

象徴作用(Symbolism)すなわち記号による体系化作用という視点から語られる組織論。 社会的象徴作用は、二重の意味をもっている。プラグマティックな面からいえば、それは諸個人を特定の行動へ向かわせる方向づけを意味し、また理論的な面からいえば、それ…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「象徴作用」(1927)その1

探求者たちの知的な言葉は通念に対する冷却剤として機能することがままある。普段使いされない言葉をもって通常意識されることのない思考の枠組みにゆさぶりをかける。哲学的な思考実験といわれるものの価値は、その異物性によるところが大きい。 岩石とは、…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「斉一性と偶然性」(1923)

イギリス経験論、ヒュームの系譜。習慣によって組み上げられ形作られる人間の様態について。 ヒュームは、ふつうはこうであるということに言及され、通常性(normality)の基準を提供したのであり、だから彼によれば、われわれの心に普通のことがくり返し与…

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「過去の研究」(1933)

労働力商品を売る生活のなかでの自由について。 大都市ならいづこにおいても、ほとんどすべてのひとが被雇用者であり、他人によって厳密に定められた通りのやり方で、その就業時間に従っている。また、それらのひとびとの態度物腰でさえ、一定の型にはめられ…