読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

李賀

李賀の全作品を初めて通読。

図書館物件。

集英社 漢詩体系13 李賀
1967

訳・解説:齋藤晌

通読してから翻訳解説者の齋藤晌がスピノチストでエチカの翻訳もあることを知って、少し思いを巡らしました。
李賀のコナトゥスってどのようなものだったのでしょう?
やはり他に類を見ない妖気を帯びた視覚的な詩の創作であり、その詩を構成する驚くべきボキャブラリーの開拓にあったのでしょう。
母親に「この児は心臓を吐き出しつくすまではやめないだろう」と言われるほどに詩作に熱かった李賀は、ありあまる才能とそれゆえの誇り高さのため、立身出世の宮仕えの世の中で嫉妬され排除されて、人間関係の摩擦の果てに倒れ、27才の若さで生涯を閉じました。
有名な「長安男児有り 二十にして心已に朽ちたり」(『陳商に贈る』)の啖呵の切り方はその生涯にぴったりあっています。

鬼才、李賀 天才、李賀の詩としては荘子外物篇の萇弘碧血丹心をベースにした二篇(『秋来』と『楊生青花紫石硯歌』)が好みです。
※萇弘に関しては、主君を諌めたがために追放され自刃に追いやられましたが、その血は三年を経て碧い石となったと伝えられています。

秋来

桐風驚心壯士苦
衰燈絡緯啼寒素
誰看靑簡一編書
不遣花蟲粉空蠹

思牽今夜腸應直
雨冷香魂弔書客
秋墳鬼唱鮑家詩
恨血千年土中碧

 


楊生青花紫石硯歌

端州石工巧如神
踏天磨刀割紫雲
傭刓抱水含満唇
暗洒萇弘冷血痕
紗帷昼暖墨花春
軽漚漂沫松麝薫
乾膩薄重立脚匀
数寸光秋無日昏
円毫促点声靜新
孔硯寬頑何足云


萇弘の血から生まれた碧い石をめぐるイメージが鮮烈です。一九五〇年代のエンサイクロペディア・ブリタニカの中国文学の項目には「彼(李賀)の奇異な(ストレインジ)、悪魔的な(サタニック)詩は、フランスの象徴主義者たちのそれに比較されてきた」と記されていたそうで、「おお、まさに塚本邦雄好み!」と、なんだか一人すこし高揚してしまいました。


李賀が生んだ240あまりの詩のうち、私は地方試験課題詩の『河南府詩十二月樂詩幷閏月』の秀才っぷりとかも好きです。嫉妬されるだろうなということが分かるくらい若いのに才能があふれています。

それから、もうちょっと人間味のある詩も好きだったりします。「開愁歌」とか。上着を担保にしてまで酒を飲んでいるなんて、ダメですねえ。でも、「俗物どもにばかにされないように」と酒場の主人から忠告されたことも詩にして、自分をすこし相対化したりしているところは、怒り狂っているばかりではないようで、愛らしさがでてていいとおもいます。なんか怒りっぱなしの屈原さんとはちょっと違うよね…


李賀
791 - 817

齋藤晌
1898 - 1989