読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

正岡子規 『獺祭書屋俳話・芭蕉雑談』

概言すれば俳句は已に尽きたりと思ふなり。よし未だ尽きずとするも、明治年間に尽きんこと期して待つべきなり。(「獺祭書屋俳話」p32)

 

古今の相違は言語の上のみにあらず、生活の方法、眼前の景物まで尽く変りはてたれば、日常の事又はそれより起る連想のたぐひも古人の窺ひ得ざる所多し。而してそれを詠み出でんとするには、是非とも今日の俗語を用ひざるべからず。(「獺祭書屋俳話」p79)

子規が俳句の終りを意識しつつ切り拓いた近現代俳句の歩みはいま百二十年を超えている。これから先の俳句はどうなっていくのだろう。花鳥風月もどうなっていくのだろう。身の回りからはほとんど消え去ってしまっているのだが。。。 

美術文学中、尤高尚なる種類に属して、しかも日本文学中尤之を欠ぐ者は、雄渾豪壮といふ一要素なりとす。(「芭蕉雑談」p187)

ゆるぎない子規の萬葉贔屓、崇高好きは芭蕉評価にも顔を出している。

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正岡子規
1867 - 1902
松尾芭蕉
1644 - 1694