読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

高橋久一郎 『アリストテレス 何が人間の行為を説明するのか?』(2005)


全126ページのなかにしっかり内容がつまった一冊。アリストテレス入門書というか導入書としてかなりいいものではないだろうか。

わたしたちの生きている世界は、足を踏み出すに先立って、そのつど、そこには大地があるかどうかを確認しなければならないようであっては困ります。そこに確かなものとしてあると「信じる」ことができる、あるいはむしろ、そのように信じていることに気づかないでいられるのでなければなりません。私たちはそのために、この世界を「馴染みのある世界」として「作り上げている」のです。
その顕著な例が「神話(ミュートス)」です。(「はじめに」p7-8)

怖れ疑うことが不要な安心感のある安定した世界を人間は制作制定する。精神上のコストを発生させないよう、自然の猛威、未知の脅威から人工的な親和物でおのれを防衛するという性向を人間はもつということが、まず書籍冒頭で確認される。そして人工的な世界の維持展開のために、一人一人の人間は、先行者が獲得したものを摸倣し繰り返し習慣化するよう仕向けられる。精神の省エネルギー化に向けて選択される摸倣という行為にインセンティブがはたらく。

徳との関りでの人間の「自然」は「それらを受け入れるように生まれついている」ことにあるとされています。「受け入れるように生まれついている」ことが人間の「自然」であるのであって、「(放っておいても)持つことになる」こと、ましてや「(現に)持っている」ことが「自然」であるのではないのです。(中略)徳ある行為をすることなしには、徳という性向が身につけられることはない。しかもこの獲得が可能であるためには、そうした行為が摸倣され、訓練され、繰り返され習慣となるのでなければならない。その上で「一言で言えば、性向は、それに類似した活動(の習慣)から生ずる」と確認されます。(「いかにしてよき人なるか」p89)

再現・摸倣しながら訓練し習慣とする。ここでも「ものまね」が重要なものとして出てきた。世阿弥の芸論も参照するといいかもしれない。型を取り入れることができる人間の自然。型にあわせることと、型からずれていくことで生ずる安定、成長、変容、新展。

www.nhk-book.co.jp

高橋久一郎
1953 -
アリストテレス
BC384 - BC322