読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

思潮社 現代詩文庫50 多田智満子詩集

内容:
詩集 〈花火〉(1956)から37篇
詩集 〈闘技場〉(1960)から16篇
詩集 〈薔薇宇宙〉(1964)から11篇
詩集 〈鏡の町あるいは眼の森〉(1968)全4篇
詩集 〈贋の年代記〉(1971)から25篇
評論:「ヴェラスケスの鏡」
自伝:「薔薇宇宙の発生」
作品論:鷲巣繁男「クロノスと戯れ」
詩人論:高橋睦郎「詩人を訪う」

わたしは小さな休止符なので
(中略)
とはいえ玩具や奇怪な偶像や
さてはかぎりなく大きな神さえも
ラクラクと容れられるほど人生はからっぽなので
〈花火〉「フーガの技法」より

住まうために石を積み
そして一つの鏡を立てた
この広大な空しさのなかに
〈贋の年代記〉「エクピローシス以後」より

詩には細身の麗人の乾いた孤独を感じる。美しく張りつめた身の丈を超えていく広大な空間を感受する選ばれた感性。解説を書いている高橋睦郎も鷲巣繁男にもある種の高貴さが感じられ少し近寄りがたい印象だ。


「薔薇宇宙の発生」は神谷恵美子の下でのLSD服用実験の体験記。

ただ私は、目を閉じた時だけ、見たのである。まぶたの裏側の闇のなかに、いや、闇の代わりに、視野いちめんを覆いつくす一輪の花を。
それは異様におびただしい花弁をもった肉色の薔薇であって、たえず左から右へ(時計の針と同じ方向に)ゆっくり旋回しながら、花開きつづけていた。

 圧倒的に美しい宇宙のビジョン。これをダンテの天国篇の構造と結びつけたりして展開しているのがなんともうらやましく思えたが、まず同じビジョンを見ることは出来ないし、天国も柄ではなくいつまでも辺獄にうろついていそうな身としては、「薔薇宇宙」を自分の身体に勝手に引用させていただいて利用している。厚みのない透明な花弁をもつ「薔薇宇宙」が腹部の皮下脂肪中に臍を中心に存在しているものと想像し、深く呼吸をすることで時計回りにゆっくり回転し、かすかに余分な脂肪を昇華していると思うと、意識的に腹式呼吸を長時間続けていることができる。一定時間が過ぎると腹部があたたまり、ほんのかすかな福も感じ取ることが出来てなかなかいい。これで一日当たり5gでも、実際に脂肪が燃焼してくれたらいうことはない。高貴さも優美さもない「薔薇宇宙」の私的縮小引用、私的無断継承。
 
多田智満子
1930 - 2003