読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

自作を語る画文集『アンリ・ルソー 楽園の夢』(訳編:藤田尊潮 2015)

画家自身の手紙、メモ、インタビューでの発言を絡めながら、アンリ・ルソーの生涯作品二百数十点のうちから代表作を中心に74点、三分の一程度の図版を掲載し、紹介。ジェローム、カバネル、ブグローといった当時のアカデミズムの大家たちを尊敬し、それに連なる画家と自身を本気で位置付けていた様子がうかがえて興味深い。実際に評価したり興味を持ってくれたりしたのは新進気鋭のピカソカンディンスキー、あるいはスーラといった画家であったのに、おそらく何故評価されたのかもわからず、自分の才能に満足し、己のなかの画家としての道に没入していったというところは余人の追随を許さないところがある。特異な人物だと思う。

作品傾向としては素朴、幻想的、エキゾティックといわれることが多いだろう。今回の書籍を眺めて思ったのは、絵本を見ているようだということ。原画のサイズから書籍サイズに大幅に縮小されていて、手のなかに収まるサイズ感がそうした印象を強くしているとも考えられるが、なによりもユートピア的な別世界に導かれていくような感覚が図版を行ったり来たりして見まわしてみるとだんだんしてくるのが絵本的なのだ。ルソーの感性を通した絵画のあるべき世界への旅。食べる食べられるの世界を描いていても、死を描いていても、痛みや怖れや悲しみなどの陰性の色合いの多くは脱色され、影のない無時間のほのあかるい世界が展開している。一般的な産業労働者階級が余暇に鑑賞するのにふさわしい、なんともいえないほっこり感、浮遊感が、画家の技巧の欠落ととびぬけた色彩感覚と形の感覚から生み出されているといえるのではないだろうか。地に足がついていなくても、サイズ感がおかしくても、立派に存在しているルソーの自画像と一緒にいられる世界。

八坂書房:書籍詳細:アンリ・ルソー

 

アンリ・ルソー
1844 - 1910
藤田尊潮
1958 -