蘆雪メインだが応挙への言及も多く、師弟が切りひらいた「かわいさ」の世界が強調されている。
昨今、日本美術の中の「かわいいもの」に魅了される人たちが増えている。これもまた、重厚さや技巧、高邁な理念、あるいは「外国でうけるかどうか」が日本美術の価値を決めてきた明治以来の歴史が変わりつつある中での現象だろう。そして、「奇想」と並ぶ蘆雪のもう一つの重要な根幹が、この「かわいい」なのである。(p2)
蛙と雀と猿と犬、それから子供と虎。それぞれが愛くるしくかわいい。
ゆるさ、締まりのなさといった「魅力」は、当時の人々よりも、むしろ現代の私たちの方が共感できるかもしれない。目を疑うような蘆雪の筆の運びは、見る者の固まった美意識を心の底から解きほぐしてくれる。(p64)
応挙は、長い日本絵画の歴史に照らすと、いわばその破壊者だが、一見穏健な画風は、あからさまに奇抜さを面白味としなかったからこそ根底に深く浸透し、日本の絵の空間のありかたを変えてしまった。しかし蘆雪は、そんな応挙のスタイルを体得しつつも、パロディーのように変形させたり、あくまで現実味豊かな応挙の絵にはない、見るからに大胆な形を描いたりした。穏やかな応挙の風をひっくり返したり変幻させる痛快さが、蘆雪の持ち味だった。(p77)
勝手な想像だが、蘆雪はたぶん照れ屋だったのだと思う。応挙の方はまじめでやさしい人。
東京美術 金子信久『もっと知りたい長沢蘆雪 生涯と作品』(2014)
目次:
Ⅰ部 蘆雪の足跡
1 前半期 出生から天明六年まで
2 紀南行き 天明六年から七年頃
3 後半期 天明八年から亡くなるまで
Ⅱ部 蘆雪を楽しむ、考える
主題
子供の愛らしさと謎
雀と向き合う画家
応挙の子犬と蘆雪の子犬
禅と蘆雪
文人画と蘆雪
虎の絵をめぐって
見える情緒
巨大なものが好き
技法
暗がりの中の迫真
明快な線と面で描く
筆の走りのおもしろさ
墨の技法のさまざま
造形感覚
凜としてしなやか
ゆるさの確信
作品の趣
怖いものにも味わい
まるでおとぎの国
どうしてもおかしい
驚かせる
やっぱりかわいいものが好き
蘆雪の絵は対話を待っている
長沢蘆雪
1754 - 1799
金子信久
1960 -