読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

白川静『甲骨文の世界 古代殷王朝の構造』(1972)

金文から時代をさらにさかのぼる甲骨文の世界。

甲骨文には、金文のように時期的な推移のうちに社会史的な展開をみるということは困難であり、甲骨文の世界は、古代王朝の性格そのものをつねに全体的に示すというところがあるので、甲骨文一般という立場から、その背景にある社会の位相を求めようとした。(「あとがき」p271)

祭祀卜占のなかから産み落とされた甲骨文から古代を考察するという白川静の真骨頂に触れられる一冊。

刻辞に朱を施してこれを聖化するのは、貞卜という行為が、単にその予占にとどまるものではなく、卜兆を通じてそこに示された神意は、将来に向かって実現されるべきものであるという意味を荷なうのである。すなわち卜辞は貞卜によってその行為が完結するのでなく、貞卜の結果が現実となることを要求する意味をもつ。(第一章「古代の復活」p29-31)

荘子が説く価値の転換と対立者の超克、老子のいう謙下不争と小国寡民の思想は、身分制的な儒教の思想に対して、氏族社会的な伝統の中から、戦国期における思想活動のるつぼを通じて形成されてきたものであろう。それは当時の社会の現実からいえば、敗北の思想であり底辺の思想であるが、したがってまた人間存在の根底に連なるものをもつ。
殷と周とは、かなり異質な対立者であった。古い伝統の重圧をもたない周が、殷の文化や技術を吸収しながら、やがて「郁々乎として文なる」周の礼教的文化を創造し、支配者の体制を固めつつあったときも、殷の末裔たちは古い伝統の中にみずからを閉じこめようとしていた。周の文化が儒教によってその思想的表現を完成したとすれば、殷のそれはむしろ道家的なものに近い。そしてこの二つの異質なものが止揚的に統一されるところに、中国の文化の本質があるといえよう。
(第五章「社会と生活」p242-243)

圧倒的読解。

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白川静
1910 -2006