読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「林間夜の夢想」(The Voice of the Valley 1892『渓谷の声』より)

林間夜の夢想

おお休息よ、お前の胸は天国の夢船を碇泊させる。私の追放された魂を迎へて呉れ。
森よお前は、無宿の懲役人にさへも平和と自由の富を分ける。
私をお前の腕に眠らせよ、私はそこが人間の力で守護される王国の鉄城よりも遙に安全な場所であることを知つてゐる。
森の霊よ。昔の神様が厳粛な恋愛を物語つて、お前の客人を瞑想に入らしめよ。
森の心に平安と荘厳が宿つて居る、時は永久不変の青春を顕示して居る。
五哩(マイル)私は歩いた………墨衣の僧侶、いな烏は最後の祈禱、御寝みなさいの聖歌を終つた、
十哩………どら犬に対するやうに、悲哀と涙に立去れと命ずる住家の燈火を私は失つた、
二十哩………母の月は彼方に走つて私の寂しい魂を捨てて仕舞つた。
暗黒、お前は光明から見棄てられたことを嘆く、私はお前の悲しい歌を反響して同じ運命を悲しむ。
友なる夜よ、私の涙は愛の泉から悲哀の谿(たに)へと溢れる。
私は無益の歌手、世界の恥辱から逃れて、未知の陸土へ巡礼する………おお、それは天国か、将(は)たまた地獄か?
沈黙よ、お前は人間の声に答へない、だが何処に極楽の秘密門はあるか、ただ一度でよい、私に語れ!
おお星よ、お前は嘗(かつ)て人間を天国に導いたといふビュートリースの輝く霊ではないか、私に暗い旅路を照し給へ。
私は寂しい巡礼者、天国の門………否、無言の休息の城郭を敲(たた)く………おお、休息よ、安眠よ!

(The Voice of the Valley 1892『渓谷の声』より)

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.012