読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「われ山上に立つ」(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

われ山上に立つ

かくてわれ山上に立ち、
生命と沈黙の勇者………勝ち誇り、
空に眼をむけ、突立ちあがり、
没せんとする太陽を見て微笑み、麗しく悲しき告別を歌ふ。
夕は神秘にてわれらをとり巻き、
その香気は伝統の如くかんばし、
ああ、われにしのび寄る諸々の思想は、
譬ふれば外国の微風の如く、或は蛇の如し。
人若しわが山上の姿を見なば、
静かに飛ばんとする詩神なり、
われに黄金の快調あり、気高き風貌ありといふなるべし。
げに、われは都会の剣を嫌ひ、
その狂暴なる威嚇をおのしり立つものなり。
太陽は重も重もしく遥かに沈み、
甘き誘惑と暗明の手にわれを残しゆく。
夕はながながとその影を払つて西方へと過ぎ、
その過ぎゆく夕と共に、樹木の長き影は消ゆる………
如何に沈黙の歌はわが魂にしのび込まんとするよ。
われは蟋蟀の間、
星が歌ふ幽玄のなかに依然として立ち、
如何に柔かにこの身が夕に溶けゆくかを見んとするなり。
月は徐々として上る………わが影は
夢の如き夢の逍遥を地上に描く。
空に微笑み無言の歓迎を述ぶる一個の人間あり、
そは我にあらざる我なりと知り給えへ。

(From the Eastern Sea 1903『東海より』より)

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.014