読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「林檎一つ落つ」(『夏雲』1906 より)

林檎一つ落つ

『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する………あらゆる声は十分に漲(みなぎ)りきつた正午の胸のなかへ消え、太陽は懶(ものう)く、大地は黄金の空気で包まれ、蝶蝶は飛び去つた。樹木は自分の影をその袖のなかへ畳み込んで仕舞つた。
『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する………小さい流れや薔薇はもの静かだ。『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する。
 林檎が一つポトンと地上へ落ちた。


(『夏雲』1906 より)

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.021