読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「静かな河を越え」(『夏雲』1906 より)

静かな河を越え

 静かな河を越え静かな小山の彼方に私の母は影を抱いて住んでゐる。なぜあんなに小山と河は静かであらうか、私は母に遇ひたい………ただ風が私を呼ぶのを待つてゐる。
 誰が私の母が寂しい影を抱いてゐる姿を見たであらうか、誰が彼女の香ばしい呼吸に接したであらうか。今日風は私を呼ばない、風は眠つているであらう。風が私を呼ぶ時、月は上つて私のために恋愛の歌を歌ふであらう。
 私は月の照らす詩歌の道をたどり、静かな小山の彼方へ静かな河を渡りたい………なぜ風は私を呼んでくれないだらうか。


(『夏雲』1906 より)

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.025