読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

新潮日本古典集成 信多純一校注『近松門左衛門集』

浄瑠璃台本。江戸時代の人が人形芝居として楽しむことを前提にかかれている作品なので、令和の時代に初読で作品全体を味わえると思うほうが無理な話。まずはネット上にまとめられている作品梗概なども参照させていただきながら、あらすじを追うことと、理解できる場面のなかで面白さを探ることからはじめてみた。「世継曽我」、「曾根崎心中」、「心中重井筒」、「国姓爺合戦」、「心中天の網島」の5作。

 

【世継曽我】
かたき討ちの話。
第四から敵役新開荒四郎が仇討ちされる場面

「とかく貴公の御慈悲に。侍一人取り立てると思し召し ひそかに命を助けてたべ」と泣き声にてぞ申しける。義秀腹すぢをよつて打ち笑ひ。「なに曾我兄弟に敵対せぬとや。オオ柴垣破つて逃ぐるほどの腰抜けが いかで敵対すべき。あなどりやすき女子どもにはよくも男立てをしけるな(無法な振舞をしたな)。おのれがやうなる腰抜けは。侍どもの見せしめに殿中にて恥かかせん」と。若党どもにいひつけ 麻縄(をなは)を多く取り寄せて。新開が派入りし唐櫃(からうと)を十文字にからげさせ。

 仇討ちできたことの爽快感。

 

【曾根崎心中】
奉公先からは勘当され、友人からは裏切られ、辱めをうけた徳兵衛(25歳)が恋仲の天満屋遊女おはつ(19歳)と心中する話。

下之巻から心中の場面

「さりながら 今はの時の苦患(くげん)にて。死に姿見苦しといはれんも口惜しし。この二本(ふたもと)の連理の木に 体をきつとゆはひつけ。いさぎよう死ぬまいか 世にたぐひなき死にやうの。手本とならん」「いかにも」とあさましや 浅黄染め。かかれとてやは抱(かか)へ帯 両方で引き張りて。剃刀取とつて さら/\と。帯は裂けても 主(ぬし)さまとわしが間(ああいだ)はよも裂けじ」と。どうど座(ざ)を組み二重三重(ふたへみへ) ゆるがぬやうにしつかと締め。「よう締つたか」。「オオ締めました」と。女は夫の姿を見 男は女の体(てい)を見て。「こは情けなき身の果てぞや」と わつと泣き入る。ばかりなり。

 泣いて浄化。

 

【心中重井筒】
ダメ婿徳兵衛が妻と舅を裏切って重井筒屋遊女ふさと心中する話。

中之巻から心中を決めている徳兵衛とふさが重井筒屋亭主でもある徳兵衛の兄に素知らぬ顔して懲らしめられる場面

奥へかくとや聞えけん 兄の声にて。「なんと徳兵衛 痛みはよいか」と。ごつ/\(ごほんごほんと)喘(せ)いてくる音す 「やれ隠れよ」とうろたへて。ふさを炬燵に押し入れ 蒲団かぶせて徳兵衛は。上にもたれ覆ひになり 顔もきよろ/\なりにけり。

みっともないおかしみ


【国姓爺合戦】
かたき討ちの話。

第三より二人の女が身を投げてまで男に仇を討たせるお膳立てを作る場面

国姓爺妻の死

「アア/\これなう/\病死を待つまでもなし。只今流せし紅(べに)の水上(みなかみ)を見給へ」と。衣装の胸を押しひらけば九寸五分の懐剣(くわいけん)。乳(ち)の下より肝(きも)先まで横に縫うて刺し通し。朱(あけ)に染みたるその有様 母は「これは」とばかりにて。かつぱと臥して正体なし 

母、国姓爺をいさめ自害

母は大声高笑ひ。「アア嬉しや本望やあれを見や錦祥女。御身が命を捨てしゆゑ親子の本望達したり。親子と思へど天下の本望。この剣は九寸五分なれど四百余州を治める自害。この上に母ながらへては始めの詞(ことば)虚言(きょごん)となり。二たび日本の国の恥を引き起こす」と。娘の剣を追つ取つて のんどにがはとつきたつる。人びと「これは」と立ち騒げば「アア寄るまい/\」とはつたとにらみ。「なう甘輝国姓爺。母や娘の最期をも必ず嘆くな悲しむな。韃靼王は面々が(めいめいの)母の敵(かたき)妻の敵と。思へば討つに力あり。気をたるませぬ母の慈悲 この遺言を忘るるな。」

 

グッときて涕涙。

 

【心中天の網島】
妻のおさんを裏切り舅の怒りを買った紙屋治兵衛が溺れるように恋した紀伊国屋遊女小春と心中する話。

中之巻から小春が恋敵の大金持ち太兵衛に身請けされるという噂を耳にして地団駄を踏み治兵衛が泣き崩れる場面

太兵衛めに請け出さるる腐り女の四つ足めに。心はゆめ/\残らねども。太兵衛めがいんげんこき。治兵衛身代いきついての(行き詰まってとか)銀に詰つてなんどと。大阪中を触れ廻り問屋(とひや)中の付き合いにも。面(つら)をまぶられ生恥かく胸が裂ける身が燃える。エエ口惜しい無念な熱い涙血の涙。ねばい涙を打ち越え熱鉄(ねつてつ)の涙がこぼるる」と どうと伏して泣きければ。
 はつとおさんが興(きよう)ざめ顔。

みっともないのに恥には敏感、プライドだけは高い男の末路の憐れさ。

 

近松作品は、まだまだ代表作が残っているので、折を見てほかの作品集で読みすすめていく予定。

 

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近松門左衛門
1653 - 1725
信多純一
1931 - 2018