読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「斉一性と偶然性」(1923)

イギリス経験論、ヒュームの系譜。習慣によって組み上げられ形作られる人間の様態について。

ヒュームは、ふつうはこうであるということに言及され、通常性(normality)の基準を提供したのであり、だから彼によれば、われわれの心に普通のことがくり返し与える衝撃が、自動的に、その基準にしたがう判断を産み出すのだ、と。実際のところ、ヒューム説の本質は、われわれが、ふつうはこうこうであるということを期待する、という点にある。(『象徴作用』所収「斉一性と偶然性」p113)

ふつうでないものに対面している場合には、処理の熱量は高まらざるを得ない。

知覚的対象とは、一つの現在の焦点であり、また将来へ流れ入る一つの力の場を意味するのである。この力の場は、知覚的対象によって行使される将来へのコントロールの、当の型を示すのだ。ということは、実際には、将来への関係における知覚的対象(そのもの)なのであり、反面、現在の焦点なのは、現在との関係における知覚的対象(そのもの)なのである。しかし現在なるものは、ある持続をもっている。われわれが観察するのは、えせ現在における作動中のコントロール(様態)なのである。(『象徴作用』所収「斉一性と偶然性」p127、太字は実際は傍点)

「将来へのコントロール」が作りあげられるためのコストは、量の多寡はあるにしても日々積みあげられている。
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ルフレッド・ノース・ホワイトヘッド
1861 - 1947
市井三郎
1922 - 1989