読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ピーター・J・マクミラン『英語で味わう万葉集』(2019 文春新書)

アイルランド生まれの日本文学研究者で詩人の著者マクミラン万葉集から百首選んで英訳、現代語訳、解説を書いている。解説のレベルが高いので、高校や大学教養課程の講義用テキストとしても有効なのではないかと思いながら読んだ。言葉に対する感覚の鋭さは、さすが詩人、本人の作品も読みたくなった。

 

巻十一 2394 柿本人麻呂歌集

 

【原文】
朝影に 我(あ)が身はなりぬ 玉かきる ほのかに見えて 去(い)にし児(こ)故(ゆゑ)に

 

【解説】

「朝影」は、朝の弱い光で生じる幽かな細い影。ちらりと姿を見せて去った相手を悶々と思い続け、その朝影のように消え入りそうなほど痩せこけてしまった、と詠う。
 この歌は表記に特徴がある。第三~四句の原文は「玉垣入(たまかきる)風所見(ほのかにみえて)」で、「(玉垣の隙間から吹き入る風のように)ほんのわずかに見た」という意味合いを付与している。いわば歌全体の主文脈(ことばの文脈)に異文脈(文字の文脈)が重なり、一首の表現が重層化しているのだ。歌が全て漢字表記される『万葉集』ならではの表現手法と言えよう。(p181)

日本人の研究者でもこんなに鮮やかな解説は書けないのではないだろか、と賛嘆の声を上げたくなった。脱帽。

 

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ピーター・J・マクミラン
1959 -