読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

【唐詩選】張説(667-730)「山夜聴鐘」 訳:今鷹真

信知本際空。わかった、ほんとうのところ人間なんて空なんだ。

否定を知ってしまった人間が本来的なものを想像しつつ空なるものを詠嘆する。

本来価値フラットな自然であるが、人間の歴史的文化的な象徴能力は否定と理想をつくってしまって、どうあがいても抜けようがない。解脱しようがなんだろうが、マザータングの文化の中にいる。意識混濁状態でなければ、わが意識と付き合うのがわが人生だ。その中での抜けようのない詠嘆の世界。詩はどこまでもついて来る。


夜臥聞夜鐘
夜靜山更響
霜風吹寒月
䆗窱虚中上
前聲旣春容
後聲復晃盪
聽之如可見
尋之定無像
信知本際空
徒掛生滅想


夜臥(が)して夜鐘(やしょう)を聞けば
夜静かにして山更に響く
霜風(そうふう) 寒月を吹き
䆗窱(きょうちょう) 虚中(きょちゅう)に上(のぼ)る
前声(ぜんせい) 既に春容(しょうよう)
後声(こうせい) 復(また) 晃盪(こうとう)
之を聴けば見る可きが如きも
之を尋ぬるに定めて像(ぞう)無からん
信(まこと)に知る 本際(ほんさい)は空(くう)なるに
徒(いたず)らに生滅(せいめつ)の想を掛くるを


夜 寝床の中で夜の鐘を聞いた
夜が静かだから山にひときわ響く
木がらしがつめたい月を吹きつけ
無限の虚空の中をかけのぼる
第一声からはやどっしりと
第二声がまた大きくなみだつ
聞いているうちは目に見えそうな気がするが
探しに行ってもおおかた姿は見あたるまい
ほんとうに解った 人間の真実のところは空であり
無意味に生死のことを考えていることが

 

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