読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

石崎晴己編訳 エマニュエル・トッド『トッド自身を語る』(藤原書店 2015)

日本で独自に編まれたインタビュー集。エマニュエル・トッドはフランスの歴史人口学者・家族人類学者。各国各地域の家族構造から人間の社会活動としての政治・経済・文化を解析するすぐれた学者。本書では特に経済に関する洞察が光っている。

中国人が人民元をきわめて低い水準に抑えているのは、ヨーロッパに対抗するための政策ではなく――中国人の現在の給与水準からすれば、ヨーロッパとの競争については何もする必要はありません――、実はタイやヴェトナムやインドネシアASEANに対抗して、日本やヨーロッパやアメリカの産業拠点の国外移転を迎え入れる競争に勝つためなのです。中国の戦略とは、ASEANに対する独占化の戦略です。これと同じことが、ヨーロッパでも起こっており、ドイツは中国に対する競争力を追求しておりません。ドイツが競争的ディスインフレを行い、給与を制御しても、中国人には実害を及ぼすことはありません。逆にスペインやイタリアやフランスの経済には、打撃となります。ですから、グローバリゼーションの全世界的メカニズムは、同質的な発展水準の空間や地域をばらばらに分裂させることになる、という逆説的な結果が生まれているのです。ですからヨーロッパでは、ユーロ圏が分裂するわけです。
(4.「ユーロ危機と「アラブの春」の行方」p107-108)

ほかにも「〈対談〉東日本大震災の被災地を巡って」で語られた、日本産業界が取った「精緻な沈黙の戦略」という指摘など、大切な気づきとともに勇気とでもいったものを静かに与えてくれている。

 

私がエマニュエル・トッドに対して持っているイメージは、偉大なる常識人。データや情報を丁寧に分析して、妥当な見解と予測を引き出してきている。その地道な分析のなかで、これまでソ連の崩壊やアメリカの金融破綻を予言してきているのだから、堅実な研究の大切さというものを自身の存在で見事に証明してくれている。

 

目次:
〈日本の読者へ〉私を形成したもの――フランス、英米圏、そして日本  エマニュエル・トッド

1.エマニュエル・トッドとは何者か――学問的来歴と世界の見方 (『家族システムの起源』)
2.フランス、そして世界で、今何が起きているか (『不均衡という病』)
3.ソ連崩壊の予言とマルクス (『最後の転落』)
4.ユーロ危機と「アラブの春」の行方 (『アラブ革命はなぜ起きたか』)
5.人口動態から見るイスラム諸国の民主化 (『文明の接近』)
6.〈対談〉東日本大震災の被災地を巡って――復興を支える家族と地域社会  エマニュエル・トッド+三神万里子
  対談を終えて  三神万里子
〈補〉トッドの新著『シャルリーとはだれか?』(2015年刊)をめぐって  石崎晴己
 解説  石崎晴己

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エマニュエル・トッド
1951 -
石崎晴己
1940 -
三神万里子
1972 -