ビックリです。
人工知能やロボットがこのまま進化していって自律的な行動をするようになったら法人格を与えられるようにすすんでいくだろうというのは、ごもっともな指摘で、リアリティがありました。法人としての人工知能やロボット。現実化しそうな議論なのでとても刺激的です。経済学の先端を切り拓いていたように思われた岩井克人さんが本格的に法人について研究したいと言われてから十年くらいたちますが、本格的研究は、著作目録を調べても、われわれ一般読者層には届いていなさそうなので、法人をめぐる議論は別に探すとして、今回の稲葉さんの機械と労働をめぐっての議論は大変刺激的でありました。
視点や語り口はきわめてドライでありながら、どうしても知的なものに対して好奇心を抱いてしまう性向が言葉の端々から見えてきてしまい、なんともいえず愛らしい。年齢も知性もはるか上を行くとおもわれる方に対して、はなはだ失礼とは思いながらも、ファン心理を湧きたたせてくれる珍しい著述家の方であると、陰ながら、ひかえめに、秘かに応援させていただきたいと、今回の著作に接して思ってしまった次第であります。
いわく、
野良ドローン
ギグ・エコノミー
宇野(引用者註:宇野弘蔵)の「南無阿弥陀仏」として有名な「労働力商品化の無理」
それから、アダム・スミス、ヘーゲル、マルクス、ポランニー、シュンペーターなどのいわゆる高尚な産業労働論に、普通にドラッガーやテイラーを混ぜてくるところも素敵です。
でも、ちょっと腑に落ちないのは、労働者の未来について。
稲葉さんは、
「あらゆる肉体労働が機械に置き換えられてしまう可能性は、原理的にもありえない!」という主張は、突き詰めれば願望かドグマかそのどちらかに陥らざるを得ないのではないでしょうか?(エピローグ「AIと資本主義」p203)
といって、肉体労働者が機械に完全に置き換わる可能性を否定することは出来ないとおっしゃっています。
この論旨のレベルであれば、人工知能やロボットの将来的能力を考えてみるに、一読者たる私は、精神労働者についても機械に置き換わる可能性も否定できないと思っています。
しかし、資本主義の商品経済の世の中にあって、商品を購入する消費者が存在しなくなることは、どうしても考えられません。貨幣で商品を購入するというシステムが根底にあるかぎり、総体として生産物を買い戻す労働者=消費者層というものがなくなってしまっては資本主義経済自体が成り立たなくなると思うのです。どれだけ機械化が進もうとも、最終的に最上位の資本家層が潤うような、労働者=消費者階層は何らかの形で維持される(維持されなければならない)と、私は考えています。消費者たる人間が貨幣を媒介に商品購入を可能にする基本的なシステムが、今現在、労働力にかんする契約以外に思いつかないのがその根拠です。商品を買わせるためならば、資本は、労働者=消費者を意地でもつくり出し、労働させ、賃金を払い、消費させると思うのです。機械の下働きのような仕事がメインになっても、商品購入のための貨幣を獲得する労働市場はなくならないと思うのです。所得がなくなれば徴税をベースに成り立っている国家も危うくなると思うので、そこは賃金労働者=納税者も国家側が消滅させはしないでしょう。
本書『AI時代の労働哲学』の末尾で提示された世界のひとつの未来像が一読者たる私と完全一致しないことはさておき、人工知能やロボットに関する議論で現実経済・法解釈にこれほど肉薄した書籍はあまりないと思いました。
読んで、損はありません。
経済学的にはAIよりも法人を研究しなさいという、間接的ではあるが貴重な教えと捉えました。
目次:
1 近代の労働観
労働とは何か
アダム・スミス
G・W・F・ヘーゲル
カール・マルクス(1) 疎外された労働
ジョン・ロック
カール・マルクス(2) 生産/コミュニケーション
カール・マルクス(3) 疎外の複層性
2 労働と雇用
雇用・請負・委任(1)
雇用の二極
資本主義と雇用
雇用・請負・委任(2)
リスクと労働
資本家の労働
労働と財産
産業社会論(1)
産業社会論(2)
3 機械、AIと雇用
AI化の前に
AIブーム概説
AIと生産現場の変化
経済学と機械――古くて新しい問題
労働市場の不完全性
物的資本と人的資本
コンピューター
技術変化・機械化の経済学
機械化・AI化と雇用
技能偏向型技術変化
4 機械、AIと疎外
疎外再び
資本主義と官僚制
物神性
物象化はそう悪くもない?
人工知能はどこまで新しいか
人工知能の「人間」化?
5 では何が問題なのか?
「人/物」二分法の解体
徳と身分
人と動物、動物としての人
AIと身分制
Internet of Things
第二の自然
人と動物の間、そしてAI
エピローグ AIと資本主義
AIと「資本主義と社会主義」
そもそも「資本主義」とは何か? を少し論じてみる
グローバリゼーションと情報通信革命
AIと資本
稲葉振一郎
1963 -