読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

モリス・バーマン『デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化』(原書1981, 訳書1989, 2019)

近代における世界の脱魔術化が引き起こした硬く冷めた知の世界を、魅力あふれる高度に科学的な魔術化した知の世界へ。帯を書いた落合陽一や解説のドミニク・チェン、さらには訳者の柴田元幸にも大きなインパクトを与えた著作ということで、楽しみに読んだのだけど、読み手側の問題で、著者がここは乗るべきと力を入れているところで乗り切れず、批判している近代の脱魔術化のほうに関心をもってしまった。ニュートンやっぱり凄いじゃん。万有引力って、量子力学の世界でだって前提とされている、魔術というか魅力的な力でしょう。で、モリス・バーマンも合理の果てに出てきた量子力学には意義を大いに認めていて、そちらの方向で話を進めてくれた方が私個人はたぶん興奮できた。ベイトソンのメタメッセージ、メタコミュニケーションに関する理論からの展開にはあまり動かされなかった。原書から三十年たった世界で、量子力学はいまだに一般読者層にはハードルが高い何を言っているのかわからない不思議な世界であるのに対して、コミュニケーション理論や精神分析学の発展のほうがより分かりやすく広まっているためかもしれない。ルーマンオートポイエーシス論ベースのコミュニケーション理論などなど。

少なくとも、中流・上流階級にとっては、プロテスタントが超自然的なものを否定したことによって生じた空白は、祈りと世間的成功とで満たせばよいものだった。現世における救済というのは、露骨な「勝者の」哲学である。そういう哲学を、プロテスタント教会は、長い間別様の世界観に心の安らぎを見出していた大衆に押しつける格好になった。ともかくも、現世的救済にはせる思いは、機械論的な思考とあいまって、北ヨーロッパ中の新興ブルジョワジー階層の心に浸透していった、その新しい教義は彼らの――彼らだけの――魂の必要に心強く答えてくれた。しかしこれは、他者との対立を促進するばかりか、自己の抑圧にも通じる哲学である。他人に打ち勝つことを目標にし、世界を機械のように整理し、自己を徹底的に管理する心性。以前なら異常性格と見なされたような(ニュートンのようなケースは、はっきり病気とみられていたかもしれない)、そうしたピューリタン的価値観が、時代の心として、世の前面に浮上してきたのである。
(第三章「世界の魔法が解けていく(1)」p128-129)

高度デジタル化社会や高度科学技術社会が進むことで魔術としか思えないような魅力的な世界が生まれてくる可能性もあり、またそこでピューリタン的価値観がさらに進んでしまう可能性もまたあるだろうと思う。現代の魔術師以外の地位が一律落ちてしまうような世界であれば、それはいま現在よりも恐いし厳しい。

 

目次:
序章 近代のランドスケープ
第一章 近代の科学意識の誕生
第二章 近代初期ヨーロッパの意識と社会
第三章 世界の魔法が解けていく(1)
第四章 世界の魔法が解けていく(2)
第五章 未来の形而上学へ向けて
第六章 エロスふたたび
第七章 明日の形而上学(1)
第八章 明日の形而上学(2)
第九章 意識の政治学

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モリス・バーマン
1944 -
柴田元幸
1954 -
ドミニク・チェン
1981 -
落合陽一
1987 -