読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

スティーヴン・ホーキング+レナード・ムロディナウ『ホーキング、宇宙のすべてを語る』(原書2005, 訳書2005)

物理学者にとっては宇宙のモデルとして数式のほうがリアルなんだろうが、一般読者はその数式から導き出されるイメージを自然言語に翻訳してもらわないことには悲しいことに何もわからない。本書はホーキングとムロディナウによって一般層になるべくわかりやすく興味をもってもらえるように書き上げられた良質の本である。科学とはなにかというところから始まり、観測結果のモデル化から浮かび上がる宇宙像を限られたページのなかでできるだけ丁寧に説明してくれている。

宇宙の本質を語り、また宇宙の始まりや終りがあるのかを議論するためには、科学理論の本質が何であるかを明確なものにしなければなりません。ここでは、理論というものは、宇宙もしくは宇宙の限られた一部に関するモデルに過ぎず、私たちが行う観測とそれらモデルの中身とを関連づけるいくつかの規則に過ぎないものであるという、簡潔な視点を取るつもりです。したがって理論はわたしたちの頭の中にこそあれ、他のいかなる現実性をも持っていないのです(現実性というものが何を意味しているとしても)。
(第3章「科学理論の本質」p29)

人間の考えたモデルに過ぎないものであれば、宇宙のモデルや、量子力学の世界がもう少しわかりやすくあってもいいはずであるのに、優秀な科学ライターでもあるムロディナウが加わったところでそれがかなわない事情についても、本書の中でしっかり語ってくれている。

ニュートンが生きている時代においては、教育を受けた人には少なくとも大筋では人間の知識の全体像を把握することが可能でした。しかしそれ以来、科学の進歩のペースはあまりにも速く、これは不可能になってしまいました。理論は新しい観測を説明するために絶えず改訂されるので、普通の人々が理解することができるように適切に要約、簡素化されることはありません。理解できるのは専門家だけです。また、専門家でさえ、科学の理論のほんのわずかな割合だけ、自分の狭い専門について正確に把握したいと望むのが関の山です。さらに進歩があまりにも急速なので、学校や大学で学ぶことはいつも少し時代遅れです。
(第11章「自然界の力と統一理論」p221-222)

道半ばの研究報告だから複雑な状態のまま提示されているということで、難しいのはいたしかたないこと。でも、だからといってわからないままに済ませるのは気持ちが悪い。

量子力学における波と粒子の二元性によって、光は波とも粒子ともみなせるのです。「波」とか「粒子」という記述は人間がつくり出した概念であり、自然界にはあらゆる現象をそのどちらかに分類する義務などないのです。
(第8章「ビッグバン、ブラックホール、宇宙の進化」p126)

「自然界にはあらゆる現象をそのどちらかに分類する義務などない」ということは分かる。自然界はそれでよい。しかし、人間界はそれなりに使い勝手の良い新しい概念を観測技術の進歩とモデルの改訂の途次に都度つくり直し使っていく必要があると思う。方程式で表せるモデルを自然言語に翻訳や造語してくれる専門領域の人がもっと欲しいところだ。

・波と粒子の二重性
・質量のない粒子
・長さはあるが太さはないひも
・無限大を打ち消すくりこみ

「適切に要約、簡素化されることはありません」なんて言わずに、シンプルで具体的な像を結ばせようとしつづけていてほしい。自然言語内でも、合理の追求を!



目次:
第1章 宇宙について考える
第2章 進化する宇宙像
第3章 科学理論の本質
第4章 ニュートンの宇宙
第5章 相対性理論
第6章 曲がった空間
第7章 膨張している宇宙
第8章 ビッグバン、ブラックホール、宇宙の進化
第9章 量子重力理論
第10章 ワームホールとタイムトラベル
第11章 自然界の力と統一理論
第12章 結論

ティーヴン・ウィリアム・ホーキング
1942 - 2018
レナード・ムロディナウ
1954 -
佐藤勝彦
1945 -