読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

イマニュエル・ウォーラーステイン『脱商品化の時代 アメリカン・パワーの衰退と来たるべき世界』(原書2003, 訳書2004)

左翼を自認する社会学ウォーラーステインが提示する希望をこめた未来世界のモデル。

資本主義システムの決定的な欠点は、私的所有にあるのではなく――それは単に手段にすぎない――商品化にある。商品化こそが資本の蓄積において不可欠の要素なのである。今日でさえ、資本主義的な世界システムは完全には商品化されてはいない。そうしようとする努力はなされているにもかかわらず、である。しかし実際のところ、われわれはそれとは別の方向に進みうるのだ。大学や病院(国営にせよ民営にせよ)を営利機関に転換するのではなく、どうしたら製鉄所を非営利機関――すなわち誰にも配当を支払わない自己維持的な組織――に転換できるかを考えるべきなのである。これこそが、より希望のある将来の姿であり、それは実際いますぐにでも始めうることなのである。(第Ⅲ部 どこへ向かっているのか 「左 翼Ⅱ―― 移行の時代」6脱商品化に向けて行動する)

原書発行から17年、資本主義システム世界は、窮乏化法則が進み国家側の体力も落ちているためか、補助金などに頼らずに自力運営できる体制を強化するように大学や病院にも迫る方向に進んでいるように見える。だが、単純に失望や無力感に襲われてっしまっては、自己責任推進側の責任移行に消極的に加担するだけになってしまう。ここは、平然と数百年単位の先も見据えて、脱商品化、脱営利企業化にほんのりと希望を持っていたほうが良い。数百年かかって現在の資本主義の世界ができあがったのだから、別の体制にはっきり移行するのにも時間がかかると思っていた方が良い。

これからの方向性として、NPO法人などの非営利組織が増えたりしている状況について、未来に向けての道筋を確保するために各方面の知識を仕入れておいた方がいいかもしれない。たとえば、現在私が働いているシステム業界・プログラミング業界では、法人組織レベルから一般エンジニアレベルまで、無償の環境あるいは無償の道具(ソフトウェアやライブラリ、デバッギングツール)を使わせていただいているケースはかなり多い。20年前に比較すればはるかに商用製品に触れる割合は減っているような気がする。それは、この業界のオープンソースの伝統や金銭以外の報酬系(エンジニアとしての技術評価環境)の充実、選択肢の多いライセンス等の法体系の整備によるところが大きい。楽しくて非営利でしていることが、他者に評価され承認されていることが他業界に比べれば体感しやすい業界であるとは思っている。評価の厳しさは増している部分もあるけれども… 他業界でも、金銭以外での何らかの報酬系が明瞭に存在するようになれば、生産物の脱商品化、労働の脱商品化が緩やかではあるが進んでいく可能性は十分にある。それがいまより楽な世界かどうかはまた別な話になりそうだが…

 

目次:
序   過去と未来の狭間にあるアメリカン・ドリーム

第Ⅰ部 テーゼ
1 アメリカ合衆国の衰退 ―― 鷲は散り墜ちた

第Ⅱ部 交錯する修辞と現実
2 二十世紀 ―― 「真昼の暗黒」?
3 グローバリゼーション ―― 世界システムの長期的軌跡
4 レイシズム ―― われわれの却罰
5 イスラーム ―― イスラーム、 西洋、 そして世界
6 他 者 ―― われわれとは誰のことか、 他者とは誰のことか
7 民主主義 ―― レトリックか現実か
8 知識人 ―― 問われる価値中立性
9 アメリカと世界 ―― 隠喩としてのツイン・タワー

第Ⅲ部 どこへ向かっているのか
10 左 翼Ⅰ―― 理論と実践再論
11 左 翼Ⅱ―― 移行の時代
12 運 動 ―― 今日、 反システム運動であるとはいかなることか
13 二十一世紀的ジオポリティクスにおける諸断層 ―― 将来世界のかたち

後言
1 正義の戦争
2 「衝撃と畏怖」?

 

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イマニュエル・ウォーラーステイン
1930 - 2019
山下範久
1971 -