読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

福岡伸一『フェルメール 光の王国』(木楽舎 2011)

1632年、オランダ。フェルメールスピノザが生まれたオランダ、デルフトでもうひとり、光とレンズの世界に没入する人物がいた。アントニ・ファン・レーウェンフック。顕微鏡の父、微生物の発見者。福岡伸一フェルメールの『地理学者』『天文学者』のモデルがレーウェンフックであるとの説を取り、世界に散らばるフェルメールの絵画全37作品のうち、閲覧可能な34作品を巡礼する旅をつつけながら、作品収録美術館が立地する土地にゆかりの科学者、数学者、画家に想いを馳せる。

レーウェンフック、エッシャー野口英世ガロア、ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリック、トマス・ヤング、ルドルフ・シェーンハイマー、ガリレオ・ガリレイ、ジョバンニ・カッシーニライプニッツニュートン

ジャン=クレ・マルタンは『フェルメールスピノザ <永遠>の公式』で『天文学者』のモデルがスピノザである説を説き、哲学的な美しい絵画論を書いた。残された資料とフェルメールの絵に残された人物の特徴から、モデルがスピノザであるということに対してそれほど違和感のない立論ではあったが、通説となっているのは福岡伸一も加担するレーウェンフックのほう。経済的な側面を考慮に入れればスピノザよりもレーウェンフックのほうが妥当だ。商人としても成功し、フェルメールの遺産管財人にもなったレーウェンフックが作品制作をフェルメールに発注したと考える方が妥当だからだ。他の肖像画に残されたレーウェンフックは『天文学者』や『地理学者』にはあまり似ていないということが言われてもいるが、加齢と肥満と人物の描かれた角度を補正すれば、同一人物・モデルであるといわれてもあまり違和感のないレベルだと思う。宗教的には破門、所属コミュニティからも追放されたスピノザの経済状態からは作品制作を依頼できるような立場にあったとは考えずらい。しかし、フェルメールスピノザとの遭遇の可能性ということについては、捨てがたい魅力がある。

旅のはじまりに、福岡伸一がかつてスピノザが住んでいたレインスブルグの家を訪れた際に取られた写真とそこにつけられたコメントには、人を留まらせる聖性を帯びた力があるように感じた。「スピノザの家を訪れたアルバート・アインシュタインの署名」の写真と並んで「スピノザの勉強部屋の本棚にある蔵書」の写真が掲げられ、その下に

19世紀になってスピノザの財産目録に基づき再蒐集されたもの。
スピノザは生活を切り詰めて、収入のほとんどを本の購入に充てたとされている。
(第一章 オランダの光を紡ぐ旅 「フェルメール、レーウェンフック、そしてスピノザ 」p12)

とのコメントが付けられている。私にとってはフェルメールの作品に匹敵する美しい作品だった。

第三章の「神々の愛でし人」では、フェルメールの「レースを編む女」に触れた後、幾何学という視点から19世紀の数学者ガロアが取りあげられている。この章のむすびの言葉は、とても印象深い。

画家も天文学者も数学者も、この世界には、眼には見えないながら、美しい構造があると信じた。そして、それは幾何学の、あるいは数学の方法によって記述可能なものだと信じた。それぞれはそれぞれのやり方で、世界が指し表す秩序の美を希求したのである。彼らの名は人々によって永遠に記憶された。
(第三章 神々の愛でし人 「幾何学の目的。そしてルイ=ル=グラン 」p103)

「画家も天文学者も数学者も」、そして哲学者もまた、思惟と表現の技術の美しさを接触可能な形で残してくれている。これに触れない手はない。

※本書はANA機内誌『翼の王国』の連載記事の書籍化。贅沢で優雅なお金の使い方をしている。


目次:

第一章 オランダの光を紡ぐ旅
フェルメール、レーウェンフック、そしてスピノザ ── フランクフルト、アムステルダム、ライデン
フェルメールラピスラズリ、そしてエッシャー ── ハーグ
フェルメールエッシャー、そしてある小路 ── デルフト

第二章 アメリカの夢
東海岸の引力 ── ワシントンD.C.
ニューヨークの振動 ── ニューヨーク
光、刹那の微分 ── ニューヨーク

第三章 神々の愛でし人
言葉のない祈り。そしてガロア ── パリ、ブール・ラ・レーヌ
幾何学の目的。そしてルイ=ル=グラン ── パリ

第四章 輝きのはじまり
フェルメール、光の萌芽 ── エディンバラ
無垢の少女 ── ロンドン
フェルメールの暗号(コード) ── ロンドン
旋回のエネルギー ── アイルランド

第五章 溶かされた界面、動き出した時間
つなげるものとしての界面 ── ドレスデン
溶かされた界面 ── ベルリン、ブラウンシュヴァイク
壁、そして絵画という鏡 ── ベルリン

第六章 旅の終焉
土星の輪を見た天文学者 ── パリ
時を抱きとめて ── ウィーン

第七章
ある仮説

あとがき

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ヨハネス・フェルメール
1632 - 1675
アントニ・ファン・レーウェンフック
1632 - 1723
バールーフ・デ・スピノザ
1632 - 1677
福岡伸一
1959 -
小林廉宜(写真)
1963 -