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『フィネガンズ・ウェイク』の柳瀬尚紀の翻訳が、単純な直訳ではなく、繊細な読解と大胆な日本語化能力を併せ持った人物の手ではじめてなしとげられた驚くべき業績だということは、一般読者層にもストレートに伝わってくる。訳文を見ただけで、「ああこれは翻訳創作が入っているな、原文は本当はどうなっているのだろう」という興味が湧いてくる。
埴生(はにゅう)の宿に帰ると六時(ろくじ)っ杯(ぱい)のプリンを愛食(あいしょく)。月景観(げっけいかん)、麹間叉(きくまさ)、殴関(おうぜき)、腰之寒倍(こしのかんばい)にいたる生身の冒険の時代を生き抜いた。羽入(うい)り編む一世、編理発生(へんりはっせい)、茶流(ちゃる)ず偽医(にせい)、利茶荼酸性(りちゃどさんせい)。マンダラゲが痙攣にきしみ声をあげて、ついに誕生を生き抜くならば、雌鴨はろくでなしの蘇りに激しく歎き悲しむだろう。
(河出書房新社『フィネガンズ・ウェイク Ⅰ・Ⅱ』p150 原典ノンブル 139 実際は総ルビ表記)
「月景観、麹間叉、殴関、腰之寒倍」は日本酒の銘柄。原文はアイルランドかイギリスの酒の名前に関連した語彙が配置されていることが想像される。つづく国王の名前にしても、一筋縄ではいかない。無論ジョイスの原文自体が相当にひねったものであるに違いなく、英語とアイルランドおよびイギリス文化にも通じていないと原文で何が書かれているのか途方に暮れること間違いなさそうだが、それでも何となく調べてみたい気にさせる。翻訳文が原文を欲望させるというのは相当なことだと思う。
【フィネガンズ・ウェイク九句 三の段】
言い縮む記号に込める半停止
(半猫人)「至福千年」(古生来)
初分かれ記録する者される者
増殖屋人工園のタネタマゴ
力学と浪費と消費週循環
俗権は聖糧側へ埒を超え
茂る生荒れ放題は共絡み
(酔溶)で(黙庸)な(菌)の株主に
水増せば重し(泥鬱)(泥頭)
ジェイムズ・オーガスティン・アロイジアス・ジョイス
1882 - 1941
『フィネガンズ・ウェイク』 Finnegans Wake
パリ、1922 - 1939
柳瀬尚紀
1943 - 2016