読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ジェイムズ・ジョイスの絵本『猫と悪魔』(小学館 1976 丸谷才一訳 ジェラルド・ローズ画)

1936年8月10日に孫のスティーヴンに宛てて書き送ったお話をもとに絵本に仕立てた作品。ジョイスの愛らしさが際立つ一冊になっている。柳瀬尚紀に出会うまではなんだか難しい顔してジョイスを読んでいたけれど、完全にパロディ志向の人なのだなと、文章に向き合う態度が変わってきた。この絵本は小さな子供向けに書かれたお話だけあって、読み取りづらい合成語や造語もなく、ただただたのしく読める。ジェラルド・ローズの絵もなんとなくノスタルジックな雰囲気があって好ましい。お話の内容は悪魔との契約の裏をかいて、ずる賢い人間が悪魔にただ同然で仕事をさせるというもの。悪魔は人間ひとりを家来にすることと引き換えに、人々が欲しがっていたものを出現させるのだが、実際に得たものは人間の家来ではなく、一匹の猫だった。騙された悪魔は腹を立てながら猫を抱えて立ち去っていくのだけれど、その猫に私は何となくサミュエル・ベケットの姿を重ねていた。人間に理由もなく水をぶっかけられたため、走って逃れた先にいたのが悪魔ジェイムズ・ジョイスで、彼は自分の存在をしっかり受け止めて、一緒に歩き去ってくれた。同じような境遇に取り付かれた同朋二体。一番いい相棒じゃないかと、ちょっとしんみりしながら、何回か読み返した。

悪魔はたいてい、ベラベラペチャペチャといふ言葉をしやべります。これは、そのときそのとき、自分で勝手にこしらへる言葉なんですね。でも、ひどく腹を立てたときは、とても悪いフランス語を、とても上手にしやべることができる。聞いたことのある人の話では、きついダブリンなまりがあるさうです。
丸谷才一の訳文のまま)

気になったら、図書館で探してみてください。

 

ジェイムズ・オーガスティン・アロイジアス・ジョイス
1882 - 1941
ジェラルド・ローズ
1935 -
丸谷才一
1925 - 2012