読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「空虚」(『山上に立つ』 1923 より )

空虚


私の心が大きな空虚になる、
水がなみなみと満ち、
綺麗な魚が沢山居つて、
今朝水中に落ちた星の玉を争ふ。
すずしい風がそよそよ吹く、
漣が波紋を作る、
(ああ、私の心の空虚の池!)
何処かにゐる私の霊はくすぐつたく感ずる。
『動いてはいけない、水よ、静に静に!』と私の心は叫ぶ。
水底からいつの間にやら黒い草が生え、
草の間に孑孑(ぼうふら)がどつさり湧き、
異様な臭気で私の霊は苦痛を感ずる。
『これは僕が読みふるした本から出る臭味だ!』と私の心は叫ぶ。


(『山上に立つ』 1923 より )

 

野口米次郎
1875 - 1947
 
野口米次郎の詩 再興活動 No.044