読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

モーリス・メルロ=ポンティ『シーニュ』(原書1960, 訳書 竹内芳郎監訳みすず書房 1969-1970 1・2分冊)

哲学と芸術と政治を語ったメルロ=ポンティ晩年の著作。五十代前半で逝ってしまった詩的哲学者の存在が惜しい。死ねないんじゃないかと思うくらい長生きしたときにどんな文章を書いてくれていたかと想像すると、その存在の大きさに尊敬の念が湧いてくる。サルトルへ言及と政治的言説についは、2020年の現状では時代にあっておらず、ワンサイクルもしくはツーサイクル廻ったうえでの再検討という時代の波が来ているとはまだ感じていない。比率的には大きな部分を占める政治的な文章については、同時代を生きていない人間としては読むのに努力を要することが多く、だいぶ読み手を選ぶもののように感じた。それと対比して、政治から比較的はなれた原理的な哲学と芸術に関する言説は、あまり準備のない人間にとっても刺激的な思考の展開を味あわせてくれる懐の深さを感じるものとなっている。本来であれば主著『知覚の現象学』も読んでみたいところだが、いま近くに出会いの場がなかったこともあり、本書『シーニュ』で判断保留。それでも、詩的傾向性をもった哲学者だったということは本書の文章だけからでも十分に味わえる。

 

抽象化作用の対人的あるいは集団的摺り合わせ運動としての芸術作品創造課程の描出という側面、個人的にはこちらの部分に一番感心を惹かれた(感覚的には1分冊p94やp102の「間接的言語と沈黙の声」の記述とかが共感しやすい)。私が本質をついているんじゃないかと感じた部分はこちら。

「思惟の身体」としての言語(訳者解説 1.p271)という切り口がとても印象的で、その思考に馴染むための分量が『シーニュ』にはある。しっかりメッキを付けて、剥がれてきたら再メッキしてくれる機能を充填しているような一冊ではないだろうか。「間身体性(intercorporéité)」(2:p18)とか、概念語彙レベルで記憶に残るような切り込み方も鮮烈。

構成者として機能しているちょうどそのときに自分を被構成者として体験するこの主体、これこそが私の身体なのである。フッサールがついに私のまわりの空間での或る挙動(Gebaren)についての私の知覚を、<対の現象>および<志向的侵犯>と彼の呼んでいるもののうえに基礎づけるにいたったのはそのようにしてであったかか、ここで思い出される。たとえば、或る種の光景――それは他人の身体であり、また拡張して動物の身体である――のうえで私のまなざしが挫折し、裏をかかれるというようなことがおこる。自分がそれらの光景を包囲していると思っていたのに、かえって私の方がそれらによって包囲されているのだ。
(1:Ⅱ「言語の現象学について」p147-148)

 

フッサールは、次のようなことをほのめかしている。(中略)結局のところ、「絶対精神もまた身体をもたなければならないことになるであろうし、ということはまた、ふたたび感覚器官への依存ということを主張することになるのだ」――と、大体こういったことである。たしかに、この世界にもわれわれのうちにも、狭い意味での<感覚的なもの>より以上の、物がある。たとえば、他人の生活そのものは、彼の行動とともに私に与えられているわけではない。他人の生活に到達するためには、私が他人そのものであるという必要があるとも言えよう。またそれと相関的に、どれほど私が、自分の知覚しているもののうちで存在者そのものを捉えているのだと言い張ろうとも、その私は他人の眼から見れば、私の「諸表象」のうちに閉じこめられている、つまり彼の感覚的世界の手前に止まり、したがってそれを超越している思えよう。しかし、それはわれわれが感覚的なものとか自然などについて手足をもぎとられたような概念を用いているからなのである。カントは、自然とは「感官の対象の総体」であると言っていた。フッサールも、生まな存在の普遍的形式としての感覚的なものを再発見したのだ。感覚的なものとは、単に物であるだけではなく、たとえばくぼみとしてであれ、物のなかに姿を現わすいっさい、物にその痕跡を遺すいっさい、そこに距離という資格でなり、ある不在としてでさえ、現われてくるいっさいのもののことなのだ。
(2:Ⅵ「哲学者とその影」p23)


寸止めや諦念にふつふつと湧いているマゾヒスティックな快感というか閉域にこそ込められる起爆力には、中年を迎えてからようやく気がつくようになってきた。この世界に潜む本来的な妖しい魅力に、ようやく体も心も慣れてきたということなのかもしれない。


【付箋位置】
1:2,4,12,19,21,22,23,24,26,30,38,,42,52,64,65,75,77,81,83,,87,94,102,114,121,133,140,143,,147,152,171,177,196,197
2:4,17,18,19,21,23,26,35,45,77,87,91,128,132,146,[解説部]312

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目次:


Ⅰ 間接的言語と沈黙の声
Ⅱ 言語の現象学について
Ⅲ 哲学者と社会学
Ⅳ モースからクロード・レヴィ・ストロース
Ⅴ どこにもありどこにもない

Ⅵ 哲学者とその影
Ⅶ 生成するベルグソン
アインシュタインと理性の危機
モンテーニュを読む
マキアヴェリ覚え書
Ⅺ 人間と逆行性
Ⅻ 発言

 

モーリス・メルロ=ポンティ
1908 - 1961