読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

エリオット『荒地』(1922)の日本語訳比較 ※2022/01/01更新:二名追加で八通りの訳者訳文を併置

【2022/01/01追記】

2022年はエリオット『荒地』The Waste Land, 1922刊行百周年。2022年は事前に用意していた岩崎宗治訳、深瀬基寛訳の『荒地』から読みはじめる。今回の二名分を入れて八名八通りの訳文の併置比較となった。

 

 

エリオットの『荒地』はもしかしたら一番多くの人の手によって日本語訳された作品かも知れない。

これまでに原文も作者による音読も、つたない英語力ながら何回か視聴したことはある。エリオット自身による朗読は一時期会社の通勤時間でずっと聞き流していたことがあり、今も日本語訳で読んでいると、頭の奥の方で響いていてくれたりする。

近頃、またエリオットを読み返すようになり、比較的多く手許に訳業が集まったので、並べて比較してみようと思い立った。他何種類か家の中にあるはずなのだが、整理整頓が苦手なためすぐに全部そろえることができない。たとえば吉田健一訳は岩波文庫の『訳詩集 葡萄酒の色』に入っていたはずだが、いまはどこかに紛れてしまっている。また出てきたときに追加ということで(※2021/05/01追加)、あるだけのものを並べてみようと思う。クラシックの曲目が奏者や指揮者によって違ってくるように、エリオットの『荒地』も訳者によって微妙に違った味わいになっている。

 

比較箇所は111から114行目のⅡ. A GAME OF CHESSでの女の語り部

'My nerves are bad to-night. Yes, bad. Stay with me.
'Speak to me. Why do you never speak. Speak.
'What are you thinking of? What thinking? What?
'I never know what you are thinking. Think.'

 

吉田健一訳】
「今晩はいらいらしてしやうがないの。本当なのよ。だからここにゐて頂戴。
何か言つて頂戴。何故貴方は何も言はないの。何か言つて。
  何を考へてゐるの。何をなの。何なの、貴方が考へてゐるのは。
貴方が何を考へているのか、ちつとも解からないの。何か考へなさいよ。」


【徳永暢三訳】
「今夜は私、神経が変なのよ。 ええ、変なのよ。 一緒に居てね。
何か言ってよ。どうして何も言わないの。言って
何考えてるの? 何考える? 何?
何考えているのか分からないわ。 考えて。」

 

鮎川信夫訳】
「今晩は神経が立ってしょうがないわ。本当よ。だから一緒にいてね。
 なんとか言ってちょうだい。なぜしゃべらないの? しゃべってよ。
 なにを考えてらっしゃるの? 何を考えて? 何を?
 考えてることがさっぱり分りませんわ。考えていることがね。」

 

西脇順三郎訳】
「今夜は私、神経が高ぶって気分がわるいのよ。そうよ、本当にそうなのよ
  出ないで頂戴。
 なんとかおっしゃいよ。
 何んにもしゃべらないの。何んとかおっしゃいな。
   何を考えていらっしゃるの。なにを考えて? なにを?
 何を考えているのかさっぱりわからない。よく考えてごらん」

 

【上田保訳】
「今夜は、わたし神経がいらだって、気分がすぐれません。いっしょにいてちょうだい。
何か話して。なぜ、お話しにならないの。話してちょうだい。
いったい何を考えていらっしゃるの。いったい何を。
何を考えていらっしゃるのか、さっぱり分からない。ほら、あの。」

 

福田陸太郎・森山泰夫訳】
「わたし今夜、神経が落ち着かないのよ。ほんとに、だめなの。
 泊ってらしって。
何か言ってちょうだい。どうして黙っているの? 何か言ってよ。
 何考えているの? 何考えて? 何を?
何考えているのか、わかんないじゃない。 考えてよ」

 

【岩崎宗治訳】
「今夜、わたし神経がおかしいの。そう、おかしいのよ。一緒にいて。
「何か話して。なぜ話してくれないの。話してよ。
「何考えているの? なんなのよ? 何?
「さっぱりわかんない、あなたが何考えているのか。考えて。」


【深瀬基寛訳】
「あたしこんやはなんだかへんなの。そうなのよ。いっしょにいてよ。
「なんとかあたしにいってよ。あんたなんにもしゃべらないのね。なんとかいってよ。
「なにかんがえてるの? なにかんがえて? なァに?
「あんたがなにをかんがえてるのかちっともわかりァしない。かんがえるのよ。」

 

いまのところ一番お世話になっているのは大修館書店の福田陸太郎・森山泰夫訳。ほかの訳もそれぞれ味がある。

※現在 8種掲載 

 2021/05/01に吉田健一訳、徳永暢三訳を追加

 2022/01/01に岩崎宗治訳、深瀬基寛訳を追加

神経異常気味でもある女性のセリフをひらがなのみで表現する深瀬基寛訳は結構効いている。

 

トーマス・スターンズ・エリオット
1888 - 1965
鮎川信夫
1920 - 1986
西脇順三郎
1894 - 1982
上田保
1906 - 1980
福田陸太郎
1916 - 2006
森山泰夫
1930 -

深瀬基寛
1895 - 1966
岩崎宗治
1929 -