読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

小林恭二『これが名句だ!』(角川学芸出版 2014)

名句を紹介する書籍の中では、独特のラインナップ。目次を見た段階で、小林恭二にとっては攻めの書なんだなと感じた。

 

【配分一覧】

杉田久女 (1890 - 1946, M23 - S21), p 9- 27:19頁。16句。
川端芽舎 (1897 - 1941, M30 - S16), p 29- 42:14頁。 8句。
橋本多佳子(1899 - 1963, M32 - S38),p 43- 55:13頁。10句。
阿波野青畝(1899 - 1992, M32 - H04), p 57- 62: 6頁。 3句。
横山白虹 (1889 - 1983, M22 - S58), p 63- 67: 5頁。 6句。
中村草田男(1901 - 1983, M34 - S58), p 69- 93:25頁。14句。
秋元不死男(1901 - 1977, M34 - S52), p 95-105:21頁。12句。
富沢赤黄男(1902 - 1962, M35 - S37), p107-136:30頁。32句。
星野立子 (1903 - 1984, M36 - S59), p137-150:14頁。19句。
鈴木真砂女(1906 - 2003, M39 - H15), p151-156: 6頁。 5句。
松本たかし(1906 - 1956, M39 - S31), p155-169:15頁。11句。
安住敦  (1907 - 1988, M40 - S63), p171-179: 9頁。 9句。
中村苑子 (1913 - 2001, T02 - H13), p181-198:18頁。13句。
木下夕爾 (1914 - 1965, T03 = S40), p197-206:10頁。 6句。
佐藤鬼房 (1919 - 2002, T08 - H14), p207-223:17頁。18句。
寺山修司 (1935 - 1983, S10 - S58), p225-253:29頁。23句。

 

著者の嗜好としては、一番好きなのはおそらく松本たかし。病身に折れない嫋やかな表現に評者が撃たれている様子が伝わってくる。また、全般的に女流の全身が浮き上がるエロティックな表現に感性が揺らめいている様子も伝わる。さらに、本書一番の分量を占める前衛俳句の富沢赤黄男への拘りはとても共感するものの、この著作の構成の中ではとても納まりきるものではなさそうな印象も与えていて、もう少し別の論評の機会を探っていただきたいという希望も湧いてくる。前衛俳句史、書けるものであれば俳人以外の小林恭二あたりに書きとめておいて欲しいものである。

 

【代表引用句】

杉田久女   谺してやまほとどぎすほしいまゝ
川端芽舎   金剛の露ひとつぶや石の上
橋本多佳子  息あらき雄鹿が立つは切ない
阿波野青畝  凍鶴が羽をひろげるめでたさよ
横山白虹   ひしめきて蝗は壜をあをくせり
中村草田男  万緑の中や吾子の歯生え初むる
秋元不死男  煙草すて娼婦しづかに海に入る 東京三=秋元不死男
富沢赤黄男  1)蝶堕ちて大音響の結氷期 2)石の上に 秋の鬼ゐて火を焚けり
星野立子   凍蝶にかゞみ疲れて立上る
鈴木真砂女  羅や人悲します恋をして
松本たかし  金魚大鱗夕焼の空の如きあり
安住敦    しぐるゝや駅に西口東口
中村苑子   跫音や水底は鐘鳴りひびき
木下夕爾   林中の石みな病める晩夏かな
佐藤鬼房   陰に生る麦尊けれ青山河
寺山修司   癌すすむ父や銅版画の寺院

 

この著作で小林恭二は基本的に昭和、戦後処理時期までの時代の句を俎上に載せている。「俳句研究」連載が平成15年から23年(2003~2011)までということで、誰に向けてなにを訴えたかったのかいまひとつ分かりづらい連載・著作だと感じてしまいはするものの、山本健吉の『現代俳句』『鑑賞俳句歳時記』などを筆頭に、安定感のある古典紹介文献に向き合うには、変わった責め方、変化球が必要であるという発想には共感する。ただ、それならばなぜ、ポストモダン以降の時代に眼を向けていないのかという疑問も残る。平成も二十一世紀もだいぶ深くなってきた時代に、一番新しい作者が寺山修司だなんて、遅れている世界だといわれてもしかたがない。業界内にかかわる人は業界内部の最先端に響く著作をものしてほしい。専門あっての一般という部分を見据えて、最先端作品を少しでも論評するのが内輪の人の義務なのではなかろうか。俳句好きのものずきを自称したいならば新進作家の創作のモチベーションにもっと寄与できる連載・著作の企画を提案していい世代にはなっているはずである。

 

www.kadokawa.co.jp

 

小林恭二
1957 -