およそ思慮も節度も欠けることがらを
思慮で治めるなんて できない相談。 テレンティウス
(第三巻 三「愛の治療法」p198)
精神的危機に襲われた自分の魂を救済するため、出版の意図なくただ自分のために書かれた対話篇。真理の女神に呼び出されたアウグスティヌスが主導する問答体形式の作品となっている。ペトラルカとしては、十分に書ききり、自分自身を吐きだし切ったことで、大分心が慰められたことと思われる。
アウグスティヌス:
魂は自己嫌悪から苦悶におちいる。なぜなら魂は、自己の汚辱を憎んでいながらそれを洗いおとさず、自己の誤った道に気づいていながらそれを捨てず、さしせまった危機におびえながらそれを避けないからだ。
(第一巻 四「省察を妨げるもの――ファンタスマの病気」p75)
アウグスティヌス:
だから評判とは息のようなもの、変わりやすいそよ風のようなもの。しかも、きみにはもっといやなことだろうが、おびただしい人間の吐く息だ。わたしはだれに話しかけているのかわかっている。じつは、きみほど俗衆の生きざまやふるまいをきらっているものはひとりもいないと思っていた。ところが見たまえ。きみに判断はなんとゆがんでいることか。きみは俗衆のすることを弾劾しながら、そのおしゃべりを愛している。それもただ愛するだけならまだしも、きみの幸福の頂点をそこに置いているとは!
(第三巻 四「名誉欲」p236-237)
何といわれても名誉欲、承認欲求はなくならないだろうが、どういった構造になっているか知っておくと、抑制が効くようにはなるだろう。ペトラルカは書くことで自分の思考に外気を取り込み、自分自身を観察する余裕をつくりあげたのだと思う。
ダンテ(1265 - 1321)はペトラルカの親世代になるが、『わが秘密』が『神曲』よりも大分現代的に感じるのは、世俗の世界を生きる自分の内面を主題として扱ったためだろう。ウェルギリウスほかラテン語の古典からの引用が豊富なのも楽しめる。「名誉欲」の対話がひとまず終わったところで、まとめや別れもなく唐突に終わるところもあっけにとられて印象に残る。
目次:
序
第一巻 人間のみじめさと救い
一 救いの根源
二 幸不幸と意志
三 死の省察
四 省察を妨げるもの――ファンタスマの病気
第二巻 魂の病気
一 高慢
二 妬み・貪欲
三 野心・大食・怒り
四 情欲
五 鬱病
第三巻 愛と名誉欲
一 二つの鉄鎖
二 愛とその実相
三 愛の治療法
四 名誉欲
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フランチェスコ・ペトラルカ
1304 - 1374
近藤恒一
1930 -