読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

『ルカス・クラーナハ 流行服を纏った聖女たちの誘惑』(八坂書房=編/伊藤直子=文 2016)

同一主題の作品を複数並べて紹介してくれているところがありがたい。

マルティン・ルターの肖像:4点
ヴィーナス:7点
ルクレティア:4点
ユディット:5点
サロメ:2点

妖艶な姿態に無機質な相貌をもつ妖しい女性象の魅力はもちろんのこと、男性の肖像も、衣装や装飾品の豪華絢爛さとともに非常に魅力的に描かれていて、五百年の時を超えて、見るものの感覚をうちつづけている。もうひとつ驚いたのは、題材とした物語から出てくるであろう差異よりも、画面を構成する男性像女性像の振幅の少なさあるいは同一性であった。メトロポリタン美術館の『ホロフェルネスの首を持つユディト』とブタペスト国立美術館の『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ』は、ほぼ同じモデルを使って同じ美を描こうとした作品のように見えて仕方がない。ユダヤ民族の英雄ユディトと母親にいわれるがままの行動をとる娘サロメはまだ持ちものや衣装に若干の差があるが、表情からは感情を読み取れない典型的なクラーナハ特有の女性像で、違いの少なさにちょっとしたショックを受ける。そして、それよりも驚くのは、ユダヤ民族を責める将軍ホロフェルネスと洗礼者ヨハネの首にあらわれるうつろな表情、精気の抜けた瞳、憐れに開いた口が、まったく同じ人物のもののように見え、二人の人物の生前の生き方の違いがまったく感じられないところ、描き分けていないところが逆に意味ありげに見えてくるところだ。戦士と聖人が斬首された後、見分けがつかないうつろな男の首になってしまっているのは、けっこうショッキングな発見だった。

 

八坂書房:書籍詳細:ルカス・クラーナハ

目次:
1.画家の生涯
2.女神と聖女の物語
 *アポロとディアナ
 *ヴィーナスとアモル
 *パリスの審判
 *ヘラクレスとオンファレ
 *ルクレティア
 *アダムとエヴァ
 *ユディト
 *サロメ
3.貴族と聖女の宮廷ファッション

 

ルカス・クラーナハ(ルーカス・クラナッハ
1472 - 1553
伊藤直子
1954 -