読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

二玄社 美の20世紀⑥『ムンク 愛と嫉妬と死と嘆き』(原書 2006, 訳書 2007) 身体と精神のバランスいろいろ

ムンク3連投。

図版80点。色彩はやや抑え気味で、色調が若干茶色側によっているような印象。人物像についてはより肉感的に見えるので、初期の女性像などはより魅力的に見える。

身体の質感がより充実してみえるのに比例して、身体に宿っている精神の状態の差異もより鮮明になっているようだ。病いの身で立ち上がることもままならない痩せきった女性からは疲れ切って虚ろに流れているこころの様子がうかがわれるし(「病める子」「春」)、晩年のやせ細った体で立つ自画像(「ベッドと時計の間の自画像」)には、身体の衰えとともに重みの抜けたような印象も他の画集よりは強くなっている。

また、身体と精神との関係ということでいうと、作品によって働く人の描き方に違いが出ているのも気になるところである。「ストーブに火を点ける少女」や「召使の少女(朝)」などの家事にたずさわる女性たちの像には自然のかすかな華やぎが落ちているのに対して、工場あるいは炭鉱労働から帰宅する男たちの姿(「家路につく労働者」)は一様に疲れ表情もうつろで悲哀というよりも恐ろしさを感じさせるものになっている。「疎外」とい概念を、言葉ではなく、絵の力で有無を言わさず教え込まれているような感覚をおぼえたりする。ムンク自体の絵の仕事はどうだったろう。

制作を続けることは、彼にとって自己の精神の癒しだったのである。イーゼルの前で、ムンクは描く人物を自由に操ることができ、誰の支配からも自由であったからだ。(p49)

人生において精神的に不安定な状態が支配的であったにしても、数多く残された自画像から推察するに、ムンクは世界とそれなりに折り合いを付けられるスタンスを見出したのであったのだろう。彼にとっての仕事、芸術は無くてはならないもの、いい選択、いい取り合わせであったのだと思う。

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エドヴァルド・ムンク
1863 - 1944
エリザベス・イングレス(著者)
山梨俊夫(監訳)
中田広明(訳)