読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

山口晃『前に下がる 下を仰ぐ』(英題:Stepping Back to See the Underneath 青幻舎 2015 )現物と複製における圧倒的なサイズ感の違いにしおれる

2015年春、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された個展の公式カタログ兼書籍。

タイトルは日本語のほうが含みがあってよい。他の作品のタイトルには旧字が使われていたりするので、バイリンガルの書籍という体裁をもつ本作品にあっては、翻訳の問題なんかもすこしは意識しているのかもしれない。展覧会図録というのに作品の中に作家自身のきれいな楷書体の毛筆手書きの日本語がたっぷり含まれていて、とても落ち着かない。漫画家やイラストレーターの原画展カタログの雰囲気も持つ。芸術っぽいところがもっと薄ければ、芸術家志向の作家さんなのねと割り切れもするが、山口晃東京芸大修士課程を修めている美術同ど真ん中の人なので、絵画伝統のなかの正統と挑戦の配合具合が幾種類も出現してきて、複数作品を一気にたどるようなことをすると、鑑賞眼が大いにゆさぶられる。だから本当は、カタログ上で作品を見て、すぐに好きだと思えるような作品ではなく、どう見てどう評価したらいいのかわからないと思っている多くの作品の異物感の方に興味を持ったほうがいいのかもしれない。

思考も分業で良いんじゃないのか。あるいは距離制。世の中の問題をどの辺まで考え、引き受けるかについて。
(作品名「紙ツイッター」 ジャポニカノート一冊、レーザープリント 42×29.7cm each のなかの言葉 p35)

 個々の工業製品に込められた思考はそれほど使用者に影響は与えないだろう。製品内にカプセル化されて使用感としてしか伝わってこないから。しかし芸術作品はすこし違う。芸術作品はどう使っていいかはさっぱり分からないものも多いが、思考や使用技術の配分などはある程度努力をしないでも伝わってしまって、見る側の思考に影響を与えやすい。だから制作と鑑賞の分業は可能でも、作品を介しての思考の分業のほうは実際のところ困難なのではないか?(距離制については見る側が勝手にとっているかもしれない。)

 

手放しで好きだと思えた作品は、今回は2点。かわいいとすごいの2系統。

【かわいい】
大和撫子 NADESHIKO JAPAN キャンバスに油彩、墨 72.7×60.6cm each
振袖を着て競技中の女性アスリート連作3点。バレー(アタック時)、重量挙げ(スナッチ静止時)、トランポリン(空中回転時)。ポスターとかクリアケースとかミュージアム・ショップで売っていたら買ってしまいそうな可愛さ。日本人だけというのはもったいない。対戦相手も欲しい。
作者いわく、「思いついてもやらない様にしているタイプの内容ですが、第5室」第5室は内面風な生活記録的作品を展示した部屋。先の「紙ツイッター」もこちらに展示。

 

【すごい】
オイル オン カンヴァス(本歌 西本願寺 襖絵)カンヴァスに溶き油 91×233.4cm
作者コメント:

白いカンヴァスに透明な溶き油で描いてある為、ぱっと見まっ白です。
正面から光を当てると溶き油部分に反射し、塗り残した部分が図として浮かび上がります。
金泥の描法を油彩で再現した光の遠近法です。

 本歌として挙げられている「西本願寺 襖絵」をネット上で検索してみたものの、どれなのかよくわからなかった。
「虎之間障壁画」の竹の部分だろうか?
本作、かすかな陰影で雲海のなかから光の柱が何本も立っているところが表現されていて、光りを当てられた明るい状態の図版を見ると、浄土の光景のように思えてくる。なにもないが充足した永劫回帰の世界。しばらく意識から言語を引き抜いて取り去ってくれる力がある。


その他、手放しで好きと言えない作品がいくつもあるが、その多くは、おそらく複製の縮小された図版では、サイズ感、質感が伝わってこないためだ。幅二メートルから四メートルもある精緻に描き込まれた作品が、カタログ上で縮小され小さく刻まれて配置されると、極端に作品の生気が抜ける。山口晃の大きな作品は、とりわけその傾向が強い作品らしい。要するに本物をみないと素人には分からないし伝わらない部類の作品。描かれた線や、塗られた色彩だけ複製図版で追うだけだと、どこか素通りしてしまう感じの作品。CGアニメーションの下絵くらいにしか見えない。ただ、作者と作品が同時に写った写真を見ると、どうも図版の質感とは異なる。サイズ感も数字で感じるよりはるかに大きい。実物見ないで何言われても困りますねえ、とどこか言われているような気もして少ししおれる。外出嫌いでも現物に会いに行かなくてはいけないようなタイプの絵なのだろう。

 

山口晃 前に下がる 下を仰ぐ / Stepping Back to See the Underneath Akira Yamaguchi | 青幻舎 SEIGENSHA Art Publishing, Inc.

 

山口晃
1969 -