読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

鎌田茂雄『華厳の思想』( 講談社 1982, 講談社学術文庫 1988)正統が示す華厳思想の守備範囲

現代的な東洋思想に対する期待に対して、東洋哲学正統からの一般的見解として、大乗仏教の守備範囲を明示してくれるありがたい一冊。入門書とはいえ、学問的境界に対する感度は極めて敏感であると感じた。基本的に著者鎌田茂雄は科学との容易な連合には否定的な態度を取っていると考えられる。

(フリッチョフ・カプラの)『タオ自然学』は自然のなかにおける相互関連性ということに力点を置いたのであるが、『華厳経』は人間の心の融通無碍を目指すわけで、そこが基本的にちがう。『タオ自然学』のほうは物質の相互関連性を発見するのに主眼を置いているが、『華厳経』は人間の心の融通無碍、人間関係とそのあり方の融通無碍を目指しているのである。
自然科学の立場と宗教・哲学の立場は根本的にちがうところがある。表面の現象の説明は、非常によく似ているが、目指すのもがちがう。自然科学の目的は、宇宙の真理の究明にある。
華厳経』は、人間の解脱を目指しているわけであるから、人間の救いと解脱が『華厳経』の目的である。
(序章 日本文化と『華厳経』3.新しい世界観としての華厳思想 p38 )

 フリッチョフ・カプラの『タオ自然学』は量子力学の世界と老荘思想・インド思想を結びつけて語った大変ユニークな書籍。原書1975年、訳書は工作舎から1979年に出版されている。

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大変興味深いが、量子力学は東洋思想なしでも十分面白く、東洋思想との結び着けての研究で『タオ自然学』から着実に発展しているという話も寡聞にして聞かない。似たような発想で中沢新一が『レンマ学』を唱えるようになり、そのベースに据えられた思想が華厳教ということで、今回は東洋側からのチャレンジということになる。

ここで注意しなければならないのは、真如という実体があって、その実体から万法が出てくるという発出論の立場をとらないことである。中国の思想史でいうならば、老子の一から二が出て二から三が出、ここから万物が出るというような生成論の立場を仏教はとらない。それがどこから出てきて生成したかという生成論の問題は、仏教の関心事ではない。仏教ではどこまでも、現に存在しているものが、どのような条件で存在しているのかを明らかにするのみである。
(第三章 華厳思想の核心 2.大乗始教(しきょう)と大乗終教(じっきょう)153 ) 

老子よりもさらに大乗仏教の華厳の世界のほうが自然科学と結び付ける際には注意が必要でありそうだ。

 

中沢新一が展開しようとしているレンマ学は、一般的には止まってしまったとみなされている大乗仏教の思想展開に、最新科学の成果を取り入れつつ新風を吹き込もうとしている果敢な取り組み(立場がちがえば無理筋の取り組み)で、特に心理学と言語学と哲学分野での新展開を目指しているように見える。中沢新一も大いに参考にしている鈴木大拙の直弟子で、東洋哲学本流の鎌田茂雄などの批判的視点もあることを踏まえたうえでの挑戦となっていると思うので、より厳密により慎重に、そして大きく飛躍していってもらったら愉快だと、今のところは外野から静かに期待している。

 

 【中沢新一のレンマ学での意識の構造】

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【『華厳の世界』付箋箇所】
7, 38, 45, 76, 86, 102, 107, 126, 140, 148, 153, 188, 237

目次:
序 章 日本文化と『華厳経
  1.『華厳経』の世界
  2.日本人の自然観のなかに定着した華厳思想
  3.新しい世界観としての華厳思想
第一章 『華厳経』とは何か――『華厳経』の構成と思想
  1.雑華(ぞうけ)によって飾られた無限大の仏
  2.『華厳経』の構成
  3.善財童子の求道(ぐどう)
  4.『華厳経』の説く仏とは何か
  5.2つの心――浄心と妄心
  6.人間の心の構造――唯識と華厳
第二章 華厳宗の成立
  1.華厳宗成立の思想的背景
  2.華厳宗の開祖・杜順(とじゅん)
  3.華厳教学の創始者・智儼(ちごん)
  4.華厳宗の大成者・法蔵
  5.華厳と禅との融合・澄観(ちょうかん)
  6.『円覚経(えんがくきょう)』の大研究者・宗密
第三章 華厳思想の核心
  1.小乗と大乗
  2.大乗始教(しきょう)と大乗終教(じっきょう)
  3.大乗頓教――一念不生を仏となす
  4.大乗円教――華厳思想の至境
  5.四種(ししゅ)の真理の領域――四種法界(ほっかい)
  6.華厳の観法
第四章 華厳思想の流れ
  1.新羅(しらぎ)の華厳
  2.日本の華厳

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鎌田茂雄
1927 ― 2001
中沢新一
1950 -