読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

藤田治彦『もっと知りたい ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』(東京美術 2009) ブルジョア出身で贅沢品作成に才能のある芸術家が取り組んだ社会主義への夢

ウィリアム・モリスは世界を美しくしようとした。美しさへの才能が開花したのは著述の世界と、刺繍や染色、カーペット、カーテン、壁紙、タペストリーなどのテキスタイル芸術。 目指すのは争いも苦痛も失敗も失望も挫折もない、人々の趣味道楽だけでうまく回っている経済の世界。すがすがしいくらいに非現実的な『ユートピアだより』の世界。モリスの夢想的社会主義世界。酷薄さを併せ持ったこの上なく経済合理的な分業によってはじめて出来上がる製品に頼らないでも、全員が豊かに暮らせる理想世界。最低賃金1時間分でかなりの薬効を持つ6日分の鎮痛剤(ロキソニンとかボルタレン)などの商品を、安全に市販で買えてお釣りがくるような世界の価値を計算に入れずとも済む世界。想定外や視界の外のなにものかに怖れを抱かないままに、すべてを恵みとして納得し、次代にも持続していけるような不満の少ない完成形に近い世界。そこでは、すべてが穏やかにすすむ。しかし実際は、各人の趣味道楽を中心に据えた世界では、一番評価の眼が厳しいものになることは間違いない。「有用とも美しいとも思えないものを家のなかに置いてはいけない」って、まず居住者自身が家に居られなくなってしまうということはないんでしょうか、と言いたくなるくらいの狭き道だ。浮足立たせるくらいにひとを鼓舞する夢と、現実に美を成り立たせるための評価制度の厳しさの併存。矛盾を抱えながらの活動の一ケースとして、ウィリアム・モリスの生涯は大変興味深いものがある。のちにバウハウスを生み出す要因にもなっているウィリアム・モリスという存在は、夢のもつ力とともに夢の共有の難しさをも教えてくれているようだ。

 

もっと知りたいウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ | 東京美術

目次:

はじめに 民衆の芸術を追究し芸術の新たな地平を開拓したモリス

第1章 若きモリスとアーツ&クラフツ前史─良き仲間たちとの出会い
特集▼ラファエル前派と後継者たち

第2章 生活に美と創造の喜びを─商会設立から改組まで
特集▼V&Aとモリス関連コレクション

第3章 理想の社会をめざして─環境保護運動への展開と社会主義
特集▼モリスとテムズ川

第4章 十人分を生きた晩年─アーツ&クラフツとケルムスコット・プレス

第5章 アーツ&クラフツ運動の広がり─ロンドン発の穏やかな世界革命とその理念

おわりに アーツ&クラフツ運動の歴史的位置づけ

エピソード
 十代のモリス、ロンドン万博に反発
 若きモリス、ご執心の一枚
 反アカデミー派の隠れた拠点、レッド・ライオン・スクエア
 ジェインとの出会いと結婚
 ロセッティとモリス
 盟友ウェッブが設計した“永遠の家”に眠る

コラム
 ウォーター・ハウス
 ジョン・ラスキン
 伝説の英雄アーサー王を描く
 ステンドグラスにみるアート・ディレクターとしてのモリス
 染色実験を重ねて
 文学者・詩人としてのモリス
 モリスのデザイン・ソース
 古建築物保護協会
 ハマスミス・カーペット(ラグ)
 活字のデザイン
 「理想の書物」とは


ウィリアム・モリス
1834 - 1896
藤田治彦
1951 -