読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

相馬御風『大愚良寛』(1918, 考古堂 渡辺秀英校注 1974)良寛愛あふれる評伝

良寛のはじめての全集が出たのが1918年(大正7年)であるから、まだまとまった資料がない時期に、良寛の史跡を訪ね、ゆかりの地に伝わる逸話を地元の人々から直接聞き取り、良寛の遺墨に出会いながら、人々に愛された良寛の生涯をつづる。明治期から昭和期にかけての詩人、歌人、評論家。口語自由詩運動を進めた人物で、早稲田大学の校歌や「春よこい」「かたつむり」などの童謡も作っている。
自身が詩人であり歌人ということもあって、評伝の中に織り込まれる良寛の和歌、俳句、漢詩そして特に長歌が、詠われたその瞬間の生命力をもって紹介されているのがとにかく印象深く残る。作品自体の読み解きはそれほど行ってはいないのだが、良寛の生きたその時をあらわすのにふさわしい作品が選ばれているため、たとえば全歌集、全詩集などで読むよりも深く感じとることができるようになっている。原文では漢詩は白文で載せられているが、同一ページの校注で読み下し文がつけられており、さらには良寛自身の筆になる書の図版も多く掲載されているので、なかなか贅沢なつくりにもなっている。良寛の活動全般をいっぺんに感じ取ることができる大変ありがたい一冊。仏の道に関して王道を歩んだとはいえない良寛ではあるが、僧としての偉大さについても説きおこしてくれた相馬御風の愛にあふれる慧眼にも感謝しつつ読んだ。

彼は経典を説かなかった。彼は哲学を与へなかった。彼は思想を伝へなかった。しかし彼は離れがたき懐かしさを以て宗教そのものゝ味はひを与えた。人間化した宗教味、生活そのものゝうちに融け込んだ宗教の味はひ――それを彼れは彼の生活と芸術とを通じて、不尽に吾々に与へる。宗教生活の芸術化若くは人間化――此の一点に於て彼れは実に古来稀な一人である。
かの寂寥味と人間味とがいみじき律呂をなして表現された良寛の芸術くらゐ吾々に向って懐しい、貴い宗教の滋味を与へるものが、他にどれほどあらうか。生そのものに対するまことの愛の表現として、最も純真なる人間そのものゝ声として、かくまでに人間化された宗教そのものゝ味はひを、他に何人か斯くまでに懐しく吾々に与へてくれるであろうか。
(七、良寛の芸術―歌、 詩及び書― p140)


焚くほどは風がもて来る落葉かな

 

何もないけど、全部ある。かよわいがしなやかな良寛に誘い導かれていく心地よくありがたい時間。


目次:
一、緒論
二、出生―幼少時代
三、出家
四、修学時代
五、父の死と彼の転機
六、徹底期の良寛
七、良寛の芸術―歌、詩及び書
八、晩年及び死
九、逸話
十、良寛の真生命


良寛遺跡巡り
良寛雑考
良寛和尚の庵跡をたづぬる記

 

【付箋箇所】
55, 59, 83, 84, 86, 105, 107, 109, 123, 133, 135, 140, 152, 206, 275

 

相馬御風
1883 - 1950
渡辺秀英
1910 - 2002