読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

今村仁司+座小田豊 編『知の教科書 ヘーゲル』(講談社選書メチエ 2004) 入門から次の段階に進むときに力になってくれる複数の日本研究者によるヘーゲル論考集成。入門用教科書と思って買うと期待はずれになる可能性が高い

入門書というよりも現代思想系雑誌のヘーゲル特集号の書籍化といった趣きの強い一冊。書籍としての造りのまま素直に頭から読みすすめる前に、巻末268ページの執筆者紹介を一瞥しておくことをお勧めする。編者として名の上がっている今村仁司と座小田豊以外に、計七名もの独立した研究者がヘーゲルの各トピックについて執筆しているということは、事前に知っておいたほうが良い。本書はヘーゲルの全体像を最初につかむための入門書籍ではなく、何かしらヘーゲル自身の著作を読んでから、その思想内容を自分自身で納得するために、専門家たちによる支えを得ることを目的とする副読本として付き合ったほうが有益となるであろう商品だ。

各執筆者については、初学者への忖度を弛めて、わりと全力を込めて考察している様子がうかがえる(結構勝負している感じがする)ので、書かれている内容にいまいちピンとこなければ、それは読み手側の習熟度の問題というか、テクスト自体とコンテクスト読解力がうまく噛みあっていないだけなので、軽く受け流して、機会があれば再チャレンジすればよい。逆に、わかって物足りないのであれば、そこを最低線として、違うステージに進めばよい。進んでいく先は「三次元で読むヘーゲル」にたくさん紹介されている。

いずれにしても、すっきり旨いで終わりではなく、旨味のよって来たるところを探りたくなるような、切り込み口の豊富なヘーゲル本なのではないかと感じた。人によっては、旨いが不味いという評価に取って代わるだろうが、どちらにしろ単純に処理できるものではない読み応えのあるアンソロジーという点は変わらないだろう。

私的には、『精神現象学』や『法の哲学』をとりあえず読み通しただけで茫洋としていたヘーゲル像が、先日の武市健人訳『哲学入門』通読でかなり見通しが良くなったところで手に取った書籍だったので、各研究者からの異なる角度でのヘーゲル案内が提供されていて、もう少し手を拡げて読んでみようかという気にさせてくれた、ありがたい一冊となった。

私が特に興味深く読んだのは、ヘーゲルスピノザの関係性、栗原隆の執筆項目。

ヘーゲル哲学は、スピノザの実体を主体化することを課題としたといってよい。ヘーゲルによって絶対的なものに仮託された統一構造のモデルがスピノザにあったことに間違いはない。ところがそこには、<絶対的なもの>から<属性>さらには<様態>という展開が欠けていた。無限ではあるが、無媒介的な統一でしかない実体では、定義をもって哲学をはじめざるをえないことになって、具合が悪いとヘーゲルは見た。これに対して、実体が自らの内に含んでいる内容を完全に展開するところに、ヘーゲルは主体を捉えた。主体とは、自らの本来性に向けて、自己否定をも媒介としつつ、自己内反省して、自らを形成・展開した実体である。
ヘーゲルのキーワード 10「主体/実体」 p218 )

有限なものについてのスピノザの<規定は否定>という認識から、ヘーゲルの<規定的否定>という弁証法的肯定認識への展開という視点が刺激的だった。

 

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目次(執筆者追記版):

プロローグ――現代思想の源泉としてのヘーゲル, 今村仁司

ヘーゲルの生涯と思想――自由の哲学を生きて, 座小田豊

三次元で読むヘーゲル

 ヘーゲルスピノザ――主体と実体, 栗原隆
 ヘーゲルとカント――「理念」をめぐる神々と巨人族との戦いの狭間で, 座小田豊
 ヘーゲルマルクス, 今村仁司
 ヘーゲルニーチェ――歴史をめぐって, 須藤訓任
 ヘーゲル現象学, 谷徹
 ヘーゲルフランクフルト学派, 麻生博之
 ヘーゲルとフランス実存主義, 鷲田清一
 ヘーゲルとフランス現代思想――弁証法・非知・他者としての他者, 湯浅博雄
 
ヘーゲルのキーワード

 弁証法, 滝口清栄
 概念(普遍/特殊/個別), 栗原隆
 真理/体系/学問, 座小田豊
 自由, 滝口清栄
 絶対精神(自然/精神/論理), 座小田豊
 法/権利/所有, 滝口清栄
 国家/市民社会/家族, 滝口清栄
 疎外/物象化, 栗原隆
 死/否定/無, 栗原隆
 主体/実体, 栗原隆
 理性/意識(思弁/悟性), 栗原隆
 理念/理想/無限, 座小田豊
 愛/生/真理, 座小田豊
 宗教/芸術, 座小田豊
 承認/闘争/和解, 滝口清栄
 哲学/哲学史, 栗原隆

著作を読む

 キリスト教の精神(青年期論文集), 栗原隆
 イェーナ三部作, 栗原隆
 イェーナ講義, 栗原隆
 『精神現象学』――経験とは何か, 座小田豊
 『大論理学』――始まりは終わりである, 座小田豊
 『エンチュクロペディー』, 滝口清栄
 『法の哲学』, 滝口清栄
 『歴史哲学』, 滝口清栄
 『講義録』, 滝口清栄

文献紹介
あとがき
索引
執筆者紹介

 

【付箋箇所】
20, 35 49, 51, 53, 59, 65, 70, 76, 88, 91, 105, 111, 123, 127, 142, 170, 174, 178, 213, 218

 

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
1770 - 1831